ヘールボップ彗星観測日誌

                                      

1.イントロダクション

初観測は、百武彗星の余韻まだ冷めやらぬ、1996年6月9日22時。

5cm双眼鏡では発見できず10cm屈折で見たが、その暗さに落胆した。

そして1997年5月30日18時、シドニーで見たのが最後になった。

この間、約1年。

ヘールボップ彗星は、数々の思い出を作ってくれた。

 

2.観測の取り組み

同一機器を使った写真撮影を行い、彗星の変化を記録することとした。

使用機材は以下のとおり。

望遠鏡:ビクセン102S(102mmED,f=920mm) (レジューサー644mm,F6.3)、GPD赤道儀

カメラ :ペンタックスSP,S2

フィルム:フジカラー HG1600

露出  :3分

使用した器械は、手持ちの機器を百武彗星の撮影から得られた教訓をもとにグレ

ードアップした。 フィルムは粒状性の悪い1600を使用したが、移動撮影で6等星と

比較的暗い時からフィルムに収めることと、息子が使用するR200SS+ASA800に同一

の露出時間で負けないためである。

 

作成したアルバム

 

3.思い出の場面

(1) 8月27日 6回目(広島町高島)

5cmの双眼鏡で発見できないほど、月齢13.2の月は明るい。 このため10cm屈折

はあきらめ、息子の20cmニュートン反射にきりかえる。 私が3cmのファインダーで

大方の方向をサーベイしながら、主鏡に16mmナグラーを付けて息子が捜す

「二人三脚」でようやく発見。 カメラには百武彗星のフィルムが残っていた。

(2) 9月12日 8回目(広島町高島)

カメラファインダーから彗星が確認できた。 息子が撮影した写真がアンダー18に

入選。 さすが、大口径はよく写る。 私の写真は悪くないが、やはり粒子があれて

いる。 また、レジューサーを使用したために周辺減光が目立つ。  

(3)12月13日 17回目(上川郡清水町)

息子の学校の都合で13時に札幌を出発するが、ジプシーにとっては厳しい時間。

観測地を探さなければならないので4時間は必要である。 17:30から数枚写した

が、息子はセットに手間取り収穫なし。 彗星は西空にシルエットを作る日高山脈

に消えていったが、最後までよく見えていた。 写真からジェットの噴出がわかり、

彗星の特徴が明確になる。 この後、夕食を済ませ一服。 23時から2:25までの

65分間に75個の双子座流星群の乱舞を観測した。  

(4) 1月9-10日 18回目(帯広市東幸福)

太陽に近づいた彗星は、朝夕に見られるとのことで2泊で帯広に遠征。 素晴らし

い快晴であったが、夕刻の空には観測されなかった。 しかし、朝方には大

きく成長した彗星を肉眼で観測。 写真の写りも格段に明るくて大きくなった。  

(5) 1月11-12日 20回目(勇払郡鵡川町)

じつは、9-10は息子の写真は著しいピンボケで失敗したのだ。 さらに一日ねば

ったのであるが、雪の降るなか車の中で一夜を過ごしただけで終わった。 このま

までは可哀想と思っていたのだが、運良く晴れたので鵡川へ。 これで3夜連続

である。 その甲斐あってか、天文ガイド3月号表紙に沼澤茂美さんのイラストに

添える形で掲載される。 少なくても、3年早かったと思うのだが、我が家では

たいへんな騒ぎになった。 マイナス20度を下回る極寒の中での撮影は、

「好きなればこそ」であるが本当に厳しいものである。ホッカイロを腰、背中、お腹、

ポケット、靴の中と10個くらい入れても発生する熱はどんどん奪われていく。

今回の入選は、天然の冷却カメラと北海道と彗星の天文学的な位置関係の幸運

が重なった。  

(6) 2月 1-2日 22回目(勇払郡鵡川町)

いつかこんな事があるのでは、と恐れていたことがやってきた。 例会を欠席して必

勝の覚悟で臨んだ撮影。 終了してから、思わず自分の目を疑ってしまった。 鏡筒

先端に取り付けたペンライトが点灯したままになっている。 これは、ファインダーの

中の被写体を確認するために取り付けた物だ。 すっかり夜は明けてしまっている。

もう取り返しはつかない。 赤色光だけの感光なので画像処理をしてみたが、だめ

であった。  

(7) 2月10-11日 24回目(勇払郡鵡川町)

このころは撮影する度に大きく明るく、長い立派な尾が伸びていく。 イオンの尾は

3.2°の写野からはみ出している。  

(8) 3月7-8日 27回目(帯広市郊外)

札幌天文同好会の観測会である。 季節風の吹き出しが強く、コテージのある清

水町では晴れない。 吉田秀敏さんの先導で1時間半くらい走って観測地へ。 風

が強いので直焦は1枚だけにとどめ、初めてカメラレンズで撮影。 彗星が大きくな

ったので迫力充分である。  

(9) 3月16-17日 30回目(勇払郡鵡川町)

これまでの撮影場所は、見晴らしは良いが風当たりが強い。 644mmの撮影は

風が吹くと振動する。今回は少し西側の低い場所を探しての撮影である。 この

日の透明度は抜群。イオン・ダストともに尾は、はみ出して写っているが、

縦位置で写すと横に広がっている尾が写らない。 「ちょっと、大味になってきたな」

と息子と話したが、嬉しいことである。 この時から、シンクロニックバンドがはっ

きりと写りだした。  

(10) 3月20日 32回目(厚田郡本沢−通称望来のお墓)

流星会議の実行委員打ち合わせを終え、メンバーの木村さんと望来へ。 彗星は

朝方から夕方へと回ってきている。 カメラレンズで30秒の露出である。 月明かり

の中、よく写っている。  

(11) 3月26日 33回目(浜益郡浜益村)

望来は雲がかかっている。 しかし、晴れるまで待てない。 車でひた走り、雲を抜

けたのは厚田村。 その後適当な観測場所が見あたらず、とうとう浜益村までくる。

また天候が不安定になってくるし、月は昇ってくるしで切羽詰まって標準レンズで

パチリ。 ところが、街明かりが入って趣のある写真となった。 これまでの直焦撮影

は面白味が無くなってきた。

彗星と雲の間には、アンドロメダ大星雲が写っている

 

(12) 3月30日 34回目(中川郡池田町)

近日点通過を目前に控えて、札幌は昨日から雪の天候。 せっかくの日曜日、こ

のまま燻っては居られない。 日勝峠を越えて帯広市内に入っても、雪雲は追いか

けてくる。 雪雲の流れを読みながら、馴れない土地で観測場所を探すのは本当に

難しいことである。 ようやく赤道儀をセットし撮影準備開始。 息子はわかったもの

で、初めからカメラレンズで撮影。 私の直焦点写真も上手く写ったが、息子の標

準レンズにガイド4分が素晴らしい。 イオンの尾が、二重星団とカシオペアの間ま

で伸びている。 撮影を始めて、30分ほどで雪雲が空を覆い尽くす。 早々に帰り支

度をして、道東自動車道を飛ばして清水町まで来る。 ここから日勝峠までは猛吹

雪である。 昨年の百武彗星の時を思い出しながら、必死でハンドルを握り帰って

きた。  

 

標準レンズによる写真 (142kB)

望遠鏡による写真 (146kB)

 

(13) 4月 3日 36回目

真っ暗な空を求めて、初山別村岬センターの初山別天文台へ。 札幌天文同好会

のメンバー5名と共に遠征である。 夕暮れとともに彗星が見え出す。 まず、白っ

ぽいダストの尾が青い空に映えて、浮き上がるように見えてくる。 日が沈むと、

周りの星々とともに彗星全体が明るく見え出す。 高度も高く、観測時間もたっぷり

ある。  「さくぼうげつ」の保谷さんの真似をして、タイリング撮影に挑戦した。 これ

は、1枚の写野に収まらない被写体を数コマにに分割して撮影しておき、あとでPC

を用いて1枚に編集し直す画像処理技術である。つなぎ合わせ作業を考えて効率

的に撮影しようと苦労したが、あまり厳密に考えなくても良いことが後で分かった。

抜群の撮影環境のもと、素晴らしいネガが多数得られた。 問題はそれからで、撮

影した6個コマのつなぎ合わせ作業が極めてたいへんである。 じつは、この翌日

望来で撮影した3コマ合成にトライしているのだが、未だに満足した結果が得られ

ていない。 流星会議でこの写真を使うため、「さくぼうげつ」に処理をお願いしたが、

その結果には大いに満足している。 早くこのような技術をマスターしたいものであ

る。撮影の合間に、天文台の60cmで核を見せてもらった。 ジェットが円盤状に吹

き出している姿がはっきりと見えた。

 

6コマつなぎ合わせの中のひとコマ (164kB)

 

(14) 4月 6日 38回目(天塩郡豊富町)

12:40出発。初山別天文台へ向かうが、霧のため和寒へ変更。 しかし、雲が切れ

ないので伊藤、生田、進藤、吉田、千葉さんらと別れ、17:30北へ向けて再出発。

途中薄曇りの天候に変化したが、写真観測には不向き。 やむなく、中川町付近

で彗星を背景に証拠写真を撮影をする。このあと豊富町まで走り、夕食後21:30

リターンする。 霧は晴れたが、透明度の悪い初山別を経由して26:30帰宅する。

走行距離796Kmの新記録を樹立した。

ピンぼけではありません。空が腐っているのです。

 

(15) 4月25日 40回目(厚田村本沢)

4月後半に入ってからは天気には恵まれなかったが、この日だけは良い天気で

あった。 この日は西側の林に沈むまでよく見えていて、21:15まで写真撮影が可

能であった。 直焦点の良い写真は、この日が最後となった。  

(16) 5月 3日 45回目(厚田村本沢)

厚田村本沢にある札幌霊園の様子を、パソコン通信「ホームパーティー星見人」

の書き込みから紹介する。(敬称省略)

18:30 一番乗り柴田到着。空気と小鳥のさえずりが清々しい

18:40 牛渡、渡辺三男到着

18:50 進藤、伊藤(政)、生田到着

19:00 千葉到着

19:30 北極星が見え出す

20:00 一同、「明度が悪い」とぼやきながら撮影に熱中

20:30 薄明終了するも、高度が下がり見え味が悪い

21:00 あと片づけ始まる 。

    カップラーメンパーティー始まる

    男性は、ご馳走になるのみ!

    テーブルからおやつまで、準備は全て進藤、千葉のお二人

21:30 吉田さん旭川より到着。旭川は天候の回復が遅れ霧模様とのこと

21:40 記念写真撮影

 

 

 

 

左から

吉田・生田・千葉・牛渡・柴田・渡辺

撮影:進藤 

 

22:00 吉田さんが旭川で撮影した写真を見る

    流星が写っているものあり、プラズマテール用に 青フィルターをつけた写真

    がすごい

22:15 渡辺さんの16cmεに注目が集まる

     今夜はST7でなく、35mmカメラのピント出し作業中

22:30 進藤、伊藤、生田帰途につく

22:45 千葉、柴田帰途につく

     吉田、牛渡、渡辺は先日撮影したM101などをパソコンで見ながらCCD談議・・・・・

------------------------ みなさんの観測機器紹介 -----------------------

伊藤:自作赤道義で手動ドライブ ガイド星ならぬ、時計を見ながら目盛り板を手

    動ハンドルで回す

生田:高感度ビデオ(これ本当に高感度で、すごいのです)

進藤:GPガイドパックでオーストラリア旅行の予行練習

柴田:GP+カメラレンズ

牛渡:12.5cm直焦(三鷹+ペンタF6.4)、スカイメモほか

渡辺:NJP+ε16cm 千葉:EM10+カメラレンズ  

(17) 5月30日 48回目(シドニー レインコーブ国立公園)

彗星を見に行ったのではないが、決まってからがぜん燃えてきた。 赤道儀など

機材一式を携行しての旅であった。ところが、彗星を撮影したのは携帯用三脚

と標準レンズの組み合わせ、ASA800のフィルムに露出時間はたったの10秒で

あった。

公園内を1時間以上歩いて西側の開けた場所を探したが、園内は深い森を形成

している。 とうとうタイムリミットの17:30である。やむなく、一歩間違えば5m下の沼

にドボーンと落ちる切り立った石の上にセット。こんなところで転落しようものなら、

決してだれも助けてはくれない。 沼に落ちてバタバタやっていると、ワニに「ガブッ」

とやられそうだ。 薄暗くなった空から、南方特有の「ギャー」という不気味な鳥の

鳴き声も聞こえる。 足下は暗くてよく見えない。 「絶対に転落しないことだ」と心に

誓い、カメラをセットしシャッターを切る。 彗星は対岸の森の上にあって、

刻々と高度を下げている。 撮影時間はあっと言う間。15分もあったろうか。

標準レンズで撮影したヘールボップ彗星と逆さまになって横たわるオリオン座

 

終了後、国道まで出てレストランからタクシーを呼ぼうとすると、見知らぬ男性に

呼び止められた。 「どうした?」と言うのだ。 タクシーを呼びたいと言ったら、携帯

電話で呼んでくれる。15分ほど待っている間に、また別の男性に呼び止められる。

観光客が困っているように見えたのか、国民性か。

ありがたいことである。                  

観測回数一覧表

 

 

   年  月  成 功 回 数    年  月  成 功 回 数
 1996  出向回数  眼視  写真   1997  出向回数  眼視  写真
   6    1   1     1    4     3
   7         2    4  1   3
   8    5     2   3    9  2   7
   9    5   1   2   4    9     9
  10    3   1   1   5    5     4
  11    2     1        
  12    1     1        
  小計   17   3   7   小計    31  3   26
  合計   48   6   33  

 

4.ヘールボップ彗星を振り返って  

昨年、百武彗星がきた時、親友を亡くした。 今年も同じ7月に母を亡くした。

二つのグレートコメットの出現に合わせたような、二つの離別。

もし、私が中世に生まれていれば、彗星は不吉の兆候と決めつけるであろう。

「二度あることは三度ある」の諺がある。

三個目の彗星は歓迎するが、悲しい別れは運んでほしくない。

と言いながらも、新しい彗星が出現すると、すっかり忘れて北海道中を

駆けめぐることであろう。

 

(札幌天文同好会会報「PLEIADES  NO.32 1997」より)

 

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