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究極のリアリズムを追求したロボットアニメ

 私は、ロボットアニメが好きである。まあ、別にモビルスーツの型番が全て言える とか、そういうレベルではないし、70、80年代の名作ロボットアニメだって片手で数え られるほどしか見ていないのだが、それでも一応ロボットアニメというジャンルで 新作が放映されれば、必ずチェックを入れる程度には好きなのである。

 しかし、私は憤りを感じてきた。ロボットアニメはアニメとしては比較的マンネリ化 しにくいジャンルだと思うのだが、やはり数十年続けていれば新作といってもどこか 似通った設定が見受けられる。しかし、いつの時代だって視聴者、特にSFファンは ロボットアニメに斬新な設定を望んできた。ここでは、斬新な設定を持ったロボット アニメの一つの方向として、リアル路線のロボットアニメを検証していきたいと思う。


兵器としてのロボット

 私が好きなロボットアニメの一つに、「装甲騎兵ボトムズ」がある。この作品は 80年代のリアルロボット全盛時代の傑作の一つで、作中で主人公のキリコが搭乗する スコープドックは、平気で破損したり乗り捨てられたりするなど、あくまでも単なる 兵器として扱われており、ロボットに乗っていなくては主人公が主人公として活躍 できないような普通のロボットアニメとは、一線を画する存在だった。この作品では、 スコープドックは主人公と1セットで扱われるような、「主人公の象徴」としてのロボッ トではなく、純然たる「兵器の一つ」に過ぎなかったのである。
 私はどっちかというと、こういった兵器としてのリアリティを追求したロボットアニメ の方が好きであり、ロボットが必殺技を使うような熱血タイプの作品も嫌いとは言わない が、やはり私が魅力を感じるのは「兵器としてのロボット」なのである。

 ところが、私はある時期からそもそも「ロボットを兵器として使う」こと自体に、リアリ ティを感じなくなってしまった。考えなくても分かるように、兵器が人型である必然性は 全くない。
 もちろん、そういう考え方を持ち込んでしまうとロボットアニメというジャンルは成立 しなくなってしまうのだが、過去に「なぜ人型の兵器で戦わなくてはならないのか?」 という疑問を明確に説明した作品を私は知らない。
「機動戦士ガンダム」では「なぜ宇宙空間で近接戦闘を行うのか?」という疑問に、 ミノフスキー粒子という秀逸なアイデアで理由付けを行っていたが、モビルスーツ が人型でなくてはならない理由は説明していなかった。
 この作品の「モビルスーツに足など必要ありませんよ」というセリフはあまりにも有名 だが、このセリフがここまで有名になったのは、やはりロボットアニメの既成概念を根本 から揺さぶるほどの、強力な意味を持つセリフだったからではないだろうか。

「パトレイバー2」では、冒頭でレイバー部隊がゲリラの襲撃を受けて全滅するシーンが 描かれているが、やはり被弾面積の大きさや、機動性の低さからくる運用面での問題から 考えて、人型兵器は弱い。おそらく我々の未来社会においても、人型兵器が実用化される 可能性はゼロと考えて良いだろう。要するに、ロボットを兵器として使用することの理由 としては、「カッコイイから」ぐらいしかないということだ。


ロボットの戦闘以外の用途

 ロボットアニメというと、誰もがロボット同士の戦闘を思い浮かべるところだろうが、 実際にはロボットで戦闘を行うことはナンセンスであることはすでに述べた。ならば、何も ロボットアニメで戦闘を行わなくても良いのではないか? 戦闘以外で、ロボット が活躍できる舞台でドラマを展開すれば良いのではないか?

 戦闘以外でロボットが活躍できる舞台というと、私にはまず工事現場が思い浮かぶ。 実はこれはすでに「パトレイバー」で、「バビロンプロジェクト」という工事に携わる 作業用レイバーという形で実現されている。しかし、「パトレイバー」はあくまで 警察側の物語であり、工事現場は事件の舞台にはなることはあっても、工事現場そのもの のドラマが展開されることはなかった。しかし、果たして「工事現場」などという地味な 舞台でドラマを展開することなどできるのだろうか?

 たまに、NHKなどで巨大な建築物や橋、トンネルなどの建設ドキュメンタリーが放映 されることがある。私は別に好き好んでそういうのを見ているわけではないのだが、 たまに見てみるとこういった地味なドキュメンタリーでも、着工までの苦悩、技術的な 問題点や災害対策、危険な現場での作業を強いられる労働者など、数々のドラマ的要素 があってなかなかに面白い。これらの要素をうまく盛り込めば、工事現場での素晴らしい ドラマを展開することも不可能ではあるまい。邦画などでそういった作品があったような 記憶があるが、それをロボットアニメでやってしまおうというわけだ。話を進めるために、 この作品を「建設現場(仮称)」と呼ぶことにしよう。

 私には次のようなストーリーが思い浮かぶ。近未来に建設中の巨大な建築物、その建設現場 にメーカーの意向で強引に試験的に導入される作業用ロボット、それを「現場はロボット の遊び場じゃないんだよ」と快く思わない現場側の人間との対立、さらには作業の無人化に よって労働者たちの間に職がなくなることへの不安。
 主人公の設定だが、ロボットは人間には危険な場所で作業するものであるから、ロボットは 当然無人、主人公は搭乗者ではなくオペレーターということになるだろう。


具体的な販売戦略

 しかし、この「建設現場(仮称)」、あまりにも設定が地味過ぎて誰も見ないのでは ないかという懸念がある。確かOVAで「おいら宇宙の探鉱夫」という作品があったと 思うのだが、一部のマニアの賞賛を浴びただけで商業的には明らかな失敗作であった ように思う。「建設現場(仮称)」も、このまま世に出したのでは間違いなくこの作品と 同じ運命を辿るだろう。クォリティが高いだけの作品では、名作として認知されること もなくアニメ史の片隅に埋もれてしまうというわけだ。

 てっとり早くアニメファンの注目を集めるには、ある程度名の通ったキャラデザを 起用して、ティーンエイジの女の子を主人公にしてしまうという方法がある。しかし、 「建設現場(仮称)」に限ってそれはできない。工事現場でリアリティのあるドラマを 展開するには、やはりむさ苦しいオヤジどもが主役でなくてはダメなのだ。ましてや、 ラブコメ的な展開など言語道断である。もはや、アニメファンは「建設現場(仮称)」 の客層から除外して考えるより仕方あるまい。

 アニメファンの獲得をあきらめるとすると、どういった客層を狙うべきか? ここまで 読んでいる人なら誰でも感じていると思うが、「建設現場(仮称)」は決して子供向けの 内容ではない。したがって、低年齢層も客層から除外される。そうなると、アニメという 形ではターゲットとなる客層が見当たらないのではないか? いや、そうではない。
「建設現場(仮称)」の販売戦略としては、タイアップという道が残されている。幸いにして、 「建設現場(仮称)」とタイアップを考えるには、これ以上ないようなアーティストが存在 するのだ。 「明和電機」である。

 即ち、「明和電機」に主題歌を作曲してもらうのだ。可能なら、BGMも「明和電機」の 作曲を使用したいところだ。「明和電機」とのタイアップとして「建設現場(仮称)」を 世に送り込めば、「明和電機」をこよなく愛する者ならばチェックせざるを得まい。 それに、彼らなら喜んで作曲してくれそうだ(そうか?)。
「明和電機」の曲に、例の字体を使用したスタッフロールのオープニングを見せつければ、 ファンの心は掴んだも同然だろう。
 ここまでくれば、純粋に作品のクォリティで勝負できる段階だ。内容次第では、口コミ で噂がアニメファンにも広がってヒット作とすることも夢ではない。

 だが、この販売戦略には致命的な欠陥がある。それは、「明和電機」が非常にマイナー なユニットであるということだ。こう言っては失礼だが、オリコンの上位に顔を出してくる ようなアーティストでなければ、タイアップする意味がないのである。これでは最悪、 ただのキワモノ作品として世間の笑い者になる可能性が高い。

 あらゆる面から考えて、やはり「建設現場(仮称)」は、世に出すべき作品ではないようだ。 実に残念である。



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