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MLMとその価値観

 これを読んでいる皆さんは、「MLM」というものをご存知だろうか。MLMとは、「マルチレベルマーケティング」 と呼ばれるものの略であり、副業的なビジネスの一種である。これはどういうものか、最初に簡単に説明して おきたい。

 MLMとは、ある商品を購入した人が他の人にもその商品を勧めて、その勧められた人が商品を購入した場合は最初に 勧めた人の懐に売上の何割かが入ってくるというシステムである。要は、ねずみ講とかマルチ商法などと呼ばれる もののことだ。厳密にはマルチ商法ではあってもねずみ講ではない、などと説明される場合もあるが、やっていること に大した違いはないので呼び方についてはあまり気にしなくても良い。
 一応、「連鎖販売取引法」と呼ばれていて、法律的には問題ないとされている商法である。 (ちなみにねずみ講は違法、マルチ商法も場合によっては違法となる)

 さて、なぜこんな話を始めたかというと、私にはこのMLMというものに片足を突っ込んだ経験があって、 その経験から得た考え方というものを文章にして残しておこうと思ったのである。私自身はMLMを始めて 金銭的に得たものはまったくないのだが、その経験から反省したことというか、MLMの価値観の中に 入って初めて実感したことなどがあったので、ある意味貴重な経験になったのではないだろうか。 (と、自分を納得させている。)
 とにかく、せっかくそういう経験をしたのだから自分なりの考察も交えた文章にしておこうと思ったのである。


被害者は『騙されている』のか?

 私がMLMを振り返ってみてまず思い浮かぶことは、「MLMの中は価値観が違う世界」ということである。 MLMのグループ内で話をしていると、まるで異世界の人間と話しているかのような錯覚に陥る。 価値観が、違いすぎるのである。
 もちろん、人間というのは誰でも多かれ少なかれ他者と価値観の違うところはある。というより、 それが自然だ。
 ところが、MLMのグループの中というのは、全員が全員同じ価値観に染まっていたりするのである。これには、 強烈な違和感を感じた。目的が一致しているから、というだけでは説明できないほど不気味なまでに 価値観が統一されているのである。
 MLMをある程度以上やっている人は、まず迷いがなく、強い信念を持ち、失敗を恐れない行動力があり、 自分に絶大な自信を持っていたりする。そしてそういう性格自体はまったく悪いことではないのだが、 残念なことにほとんどの人はMLMを盲目的に信奉し、あくまで自分の考えは正しく、自分と違う意見は 尊重しないという特徴がある。

 さて、こういう人達の口車に乗せられてMLMに入会させられることを、普通の人は大抵の場合「騙される」 と表現する。確かに、ほとんどの人はMLMのような商法には良いイメージを持っていないし、実際にも MLMをやっていると損をする人の方が多く、それでいて人一倍他人に迷惑をかけてしまうので、そういったビジネスに 誘われて入会させられることは「騙される」と表現して当たり前なのかもしれない。私も、MLMの中に入ってみるまでは 疑いもなく「騙される」と表現していた。
 しかし、今になってみるとこれは少し違うのではないかと思うのである。

「騙す」というのは、悪いと判っている方向にそうとは気づかせずに人を導く行為のことである。要するに、 悪意ある行為のことだ。しかし、MLMに勧誘する人というのは、先に述べたように自分の価値観が絶対に正しい と思っているので、悪意など持っていない。まあ、中にはMLMの問題点を承知の上で確信犯的に悪意を持って 勧誘するような人もいるのかもしれないが、それには相当な演技力が必要である。セールスマンなら話は別だろうが、 MLMをやっている人のほとんどは素人であり、そのような演技力を持っているとは考えられない。彼らは 純粋に、自分は正しいと信じて勧誘しているのである。
 したがって、そのような場合は「騙す」という言い方は適当ではないのではないだろうか。例えば、良かれと 思ってついた嘘がバレたときに、思わず「騙していたわけじゃない」などとと言い訳する状況を思い浮かべていただきたい。 良かれと思ってやったことなのだから、多少後ろめたい気持ちはあっても明確な悪意はないだろう。 少なくともこの場合、「騙していたわけじゃない」という主張だけは正しいと言えるのではないだろうか。
 ましてやMLMの場合、勧誘する側は嘘などついていないのである。自分が正しいと信じてやっている仕事に、 「人を騙す仕事」など言われるのは難癖以外の何物でもないだろう。批判するのなら、もっと違う角度から 批判すべきである。

 MLM関連の掲示板などでは、MLMの肯定派と否定派の意見が噛み合わずに議論にもなっていない 不毛なやり取りが頻繁に展開されていたりするのだが、それはこういったことに否定派の人達が 気づいていないことも一因ではないかと思う。
 そもそも議論とは、相手の意見を尊重すると同時に、自分の意見が間違っている可能性もあるということを 視野に入れて進めるべきものではないだろうか。もし自分の意見を曲げるつもりなど毛頭もなく、 相手を言い負かすことだけを考えて議論をしているのだとしたら、それは議論ではなく説得である。
 私は個人的には、今後はMLMに勧誘されて入会させられることを「騙される」とは表現しないつもりなのだが、 そういう考え方から見るとMLM否定派の人達が「勧誘」と「騙す」をイコールで結びつけているのも、 もしかしたらMLMのグループ内の価値観と同じぐらい「内部で統一された価値観」なのかもしれない。

 


『信念は曲がることもある』という信念

 結局のところ、自信とか信念などは周囲の状況次第で簡単に入れ替えられてしまうものであり、MLMの中に入って そういうものが持てたとしても違う世界から客観的に見れば怪しいものでしかなく、それを批判する人達だって その批判が盲目的なものであれば、違う状況に立たされたときにはどうなるか分かったものではないのである。
「よく考えてから決めろ」と人は言うが、この言葉はあまりに当たり前に使われ過ぎていたので、私は今までは 「よく悩んでから決めろ」の意味だと捉えていた。もちろんそんなわけはなく、「考える」とは自ら情報を収集し、 分析し、然るべき確証を得るための行為であり、何もせずにただ悩んだ挙句に仕方なく消去法で安易に決断する ことではない。
 そうやって考えた結果なら、もし今までの自分の考えと答えが違っていたとしても、それは安易な決断では なく、信念と呼べる価値観になるのではないかと思う。



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