政治的に正しい個人ページ
原作者 ろーたろうさん
ろーたろうさんのサイト『ろーずぺーじ』
「そうですわね。それでは、あとは若い二人で。オホホホ」申し訳ないが、読者の諸君にはこの一言で状況を察していただきたい。
二人の中年夫人は、その一言を残してそそくさと席を立ち、部屋から立ち去って行った。 二人の中年夫人とは、もちろんこの部屋に残された一組の若い男女の母親である。二人の母親は このお見合いの中で当たり障りのない会話をただひたすらに繰り返し、そのおかげで表面的には 和やかな雰囲気が保たれているように見えた。その行為はまるで、荒れ果てた掲示板の中で故意に荒らしを 無視して普段通りの書き込みを試みる、管理者のそれのようであった。
事実、当のお見合いをしている若い二人の相性は、最悪のように思われた。いや、違う。相性などという生易しい問題ではなかった。おそらくこの二人がお見合いの結果、 結婚に至る可能性など十人中九人が否定するであろう。問題は、見れば明らかに判ることであった。
彼女の方は、細身の体に和服が良く似合う、切れ長の目をしたなかなかの美人で典型的な お嬢様ルックだったのに対して、彼の方は数年に一回着れば良い方ではないかと思われる、スーツの あまりの着こなしの悪さ、そしてズボンとシャツの間からはみ出ているに違いない豊満な贅肉、 もちろん顔には無数の吹き出物、そしてメガネのレンズが逆光にギラリと光り輝いている。 オタク・ウォッチャーの差別的な目で見れば一撃の元に判別可能な、オタクの王道を行くような 容姿であった。
おそらく彼に似合う服装はアニメかゲームのキャラがプリントされたTシャツかトレーナー、 良くて適当に選ばれたチェックのシャツというところか。さらに言うならば、その頭髪も今回のように お見合いのようなイベントでもなければ伸ばし放題の髪を後ろで束ねただけで通しているに違いない。
そのような容姿の問題以前に、彼はこのお見合いの最中につい先ほどまで同人誌を読みふけっていたのである。 この時点で、すでにこのお見合いは終了していた。二人の母親が立ち去った後、この和室には耐え難い沈黙が流れていた。聞こてくる音といえば、 傍らの庭園で流れている滝の音と、彼が同人誌のページをめくる紙の音だけであった。彼は一冊の同人誌を 読み終えると、脇に置いてある紙袋にしまい込み、新たにもう一冊の同人誌を取り出そうとした。
「あの……」
彼女は、恐る恐る口を開いた。こう見えても気は弱いのだろうか。それとも、この状況で彼に 声を掛けられること自体が、屈強な精神力を持っていると見るべきであろうか。
「しゅ……趣味は何ですか?」
彼女の質問は、基本に忠実なものであった。この質問が行われないお見合いなど、凡人にはなかなか 想像できるものではあるまい。正直なところ、彼女は一刻も早くこの場から逃げ出したい衝動に 駆られていた。このような男を相手に趣味を尋ねるなど(しかも、趣味などとうに判明している)、 彼女にとっては恥辱以外の何物でもないであろう。
「趣味、ですか」
彼は手にしていた同人誌を閉じると、静かにテーブルの上に置いた。この和室の雰囲気に似つかわしくない 表紙が、彼女の目に入った。彼はそれを見て眉をしかめる彼女を認めると、厳かに口を開いた。
「まあ、インターネットでホームページなどをやっていますが」
彼は最初から、こんなお見合いをやりたいなどとは思っていなかった。彼にとって三次元の女性とは 興味の対象ではなかったのだ。彼はそれを自覚していたので、このお見合いを必ずや破談に持ち込もうと 画策し、それを確実にするために母親に隠して同人誌を持ち込んだのだった。母親は、紙袋に入っているのは お見合いの相手への手土産だと思っていたに違いない。それを思うと彼の母親は、哀れとしか言いようがなかった。
「へ、へえ、インターネットですか……ホームページって、作るの大変ですよね」
「いや、大したことはありません」彼はこの間にも、この会話が自分のページの日記のネタにならないものだろうかと検討していた。 早くも彼の脳裏には、『一般人のインターネットに対する認識』を偏見を交えた文章で 書き綴ろうという計算が行われていた。第一、このお見合いに出ることにしたのも日記のネタに しようという目論見があったからなのである。
「大変と言えば大変ですが。感想を貰ったりすると、それも苦になりません」
このとき彼の脳裏には、このセリフに続けて『うわぁ! 俺、こんなこと言っちゃってるよ! 俺のキャラ じゃねぇよ、こんなの! せっかく破談に持ちこもうと思ってたのに、良い人だなんて思われたらどうしよう!(笑)』 などという文字列が展開されていた。以下、『』で括られたセリフは、彼の脳内で展開された日記のネタとなる 予定の文字列として読んでいただきたい。
「そ、そうなんですか。どのぐらいの人が見に来ているんですか?」
『なんて素人くさい質問なんだ! ネットワーカーに対する典型的な質問の例じゃないか! 君は、そんなことを聞いて 本当に会話が弾むとでも思っているのかい? これだから、一般人とは会話したくないんだよ!(ダメじゃん) だから俺は正直に彼女に言ってやったさ、兄弟。』
「そうですね、一日十五人ぐらいです」
『きっと彼女は、この数字がどの程度の価値を持つのか、理解しちゃあいないんだ! そうとも、 一日十五人という数字は正真証明のマイナーサイト。でも、きっと彼女はそんなことは知らないから、 「へえ、そんなに来てるんですか、凄いですね」なんて言ってくれるだろうさ! ありがとう、 その気持ちだけで、その気持ちだけで僕の胸は一杯だよ、ハニー!(T_T)』
「……あ、あの……少ないんですね」
『!!!!!!!!!!』彼の脳裏に、稲妻のような衝撃が走った。彼の中で構築しつつあった日記のネタと文章は、音を立てて 崩れ去った。誰に、彼女のこんな回答が予想できただろうか? 彼女は、知っている。一日十五人という数字が 何を物語るのか、知っているのだ。
「す、少ないって……ど、どうしてそんなことを知っているんですか? まさかあなたは、マイナーサイトの アクセス数の相場を知っているんですか?」
「……ひょっとして、このお見合いのこと、ホームページのネタにしようとしているんじゃないですか?」 『すげぇ! 読まれてる! 読まれてるよ! 彼女は、まさかコジャレ? コジャレなのでは? もっと聞いてみないと! そして、俺サイトのことを「とあるヘタレと見合いしてしまいました」って文中リンクされてみてぇ!(爆)』
「……正直に言いましょう。その通りです」この発言は、彼の日記ならば『その通りです(断言)』などと括弧内で注釈が付け加えられていることであろう。
「やめてください。そんな、事実の単なる羅列に申し訳程度の感想コメントなんかで締め括られるような 日記のネタにされたくありません」
彼女は、それまでのオドオドした様子とは打って変わって攻撃的な口調で彼を非難した。 それは、もはや彼女の中ではこの男はヘタレサイトの管理者であり、ヘタレリンク集の紹介文 などで見下すべき相手という認識が成されたからに他ならなかった。
『すげぇ! あんた、すげぇよ! そこまでヘタレサイトのことを解っているなんて! ぜひとも ウチのサイトの「誰も知りたくねぇ愛機の改造の歴史」とか、「主観と偏見まる出しのゲームレビュー」 とかを読んでもらって、リンク紹介文で「屈辱ながら相互リンクしてしまいました。落書きみたいなCGコーナー は必見です。一回見れば十分ですけど。」なんて酷評されてみてぇ!』
彼は、この女性に惹かれ始めている自分を感じていた。胸が高鳴り、全身が激しい動悸を感じていた。 顔面の血管は高揚し、額が汗ばんでいくのが自分でも分かった。
「そこまで分かっているなら、話は早いです。あなたは、自分のホームページを持っているんですね? しかもコジャレ系で。ぜひとも、アドレスを教えてください!」
「嫌です。無断リンクされたくありません。あと、ウチは相互リンクお断りですから!」彼女は立ち上がり、逃げるように部屋から立ち去って行った。彼はそんな彼女の後姿を見送った後、 汗ばんだ手で同人誌を紙袋にしまい込んだ。ほどなくして立ち上がり、中指でズったメガネを押し上げた。 彼の口元には、最高のネタを思いついたときの不敵な笑みが浮かんでいた。