いや、もう大変でした。
私が丹下さんファンになったのは「Be Myself」が出たあとっす。
そのため札幌に来ていた「Be Myself」イベントにはまったく行っておりませんでした。
で、ぜひ一度生で見てみたい!という欲望が高まりまして、8月(確か13日)の「コナミdbキャラバン ’97 夏」のチケットもらいましたよ。
メイトに行って。月刊ときメモ買って。
そのあと、夏コミに行く事になりまして、そーなりゃいっちまえーっと
東京の厚生年金会館でやる「火星でトゥルーラブしよ 星空の登校日」(確か8/27)のチケットもとりましたよ。
ラジオTLS好きだし、丹下さんも出るし。
そしたら、7/30に交通事故に。
俺がバイクで、相手車で。ほっとんど車いない朝6時にぶつけられましたよ、いきなり。
右足首の複雑骨折。全治3ヶ月。 重傷。
「dbキャラバン」の日は手術。
しょうがないんではまりかけてた友人にチケットをあげる。
その友人、見事にはまる。
「俺の車は4人乗り。俺が運転して栗林みえちゃんと丹下桜さんと菅原祥子さんしか載せない。助手席はローテーション」
とかいい出しました。
作戦成功。
しかし、それ聞いてどーしても行きたくなるわけですよ、TLSのイベントには。。
「星空の登校日」、医者に無理矢理頼み込んで「普通は絶対安静なんだけどねぇ、家から出るんじゃないよ」といわれ外出許可をもらう。
そりゃもう、出ましたよ、家から。 コンマ5秒。
親には「仕事やんなきゃ」とか適当な理由言って。
こーなりゃなんとなく意地。
東京の友人(俺は北海道在住)に車とか手配しまくって、なんとか厚生年金会館まで行けるようにして。
盤石の準備っす。
で、松葉杖つきながら千歳空港に行きました。
そしたら「東京行き 全便満席」の文字が。
ANAもJALもJASも。
ぎりぎりまで粘ったけど、結局チケットは取れず泣く泣くダビスタしてました。
もう、東京の友達に怒られる怒られる。
しかし生の丹下さんに会うまでの道のりはこれだけではすまなかったのだ!
ネクストチャンスは12月。
「TLS」のイベントが東京であったわけですよ。
とりましたー、チケット。ファンクラブ優先予約。渋公の6列め。
そしたら、丹下さんがいない。
前回はいたのに。
あれー?
面白かったからいいんすけど。
さらにリトライは「ゲルゲットショッキングセンター In 武道館」。
番組内で「丹下さんがゲスト」と騒いでたので間違いないっす。次は大丈夫。
「ほぼ全員が入れると思います」
というわけで安心して応募。
はずれ。
なぜ?
ナイターで「一部の地域をのぞいて時間を延長してお送りします」、9時でぶちきれーってかんじです。
「俺、一部の地域?」
こうなりゃ意地です。
あえれえば人生がばら色って気です。
じっくりと、機会を待ちました。
砂に潜って獲物を待つカワガレイな気分です。
そして獲物がきました。
どきどきON’Airのイベント。
ソフト買って、すぐはがき送ったんで、やたら整理番号若いです。
行きました。
茨城の友達の所に泊めてもらって。
北海道の俺が東京に何度も行くわけにはいきません。
ラストチャンスだと思ってました。
しかし、運命とは非情なものです。
忘れましたー、入場券。茨城に。水海道に。アパートの布団の下に。
速攻戻りました。
友達もニヤニヤしてました。
常磐線はなんで遅いんだろう。中央線の快速は快速じゃねー!なんで荻窪の駅から遠いんじゃ、こら!
と、だんだん怒り度アップ。
もうはじまっていたけど杉並公会堂に強行突入。
いました、丹下さん。
遠くに。
でも第3の目で見えました。
セブンセンシズです。
それからはもう、溶けてました。
将棋で山崩しやろうとして失敗してた様を思い浮かべていただけると幸いです。
そんなこんなで、丹下さんとの初めての出会いでした。
第二、第三の出会いはこれから・・・・。