Marialbum2000
1925・6・19
 

 

Out of Focus

ホテル暮らしも二ヶ月を過ぎる長期滞在になるとそれなりに愛着が 
出て来るものだ。 
朝、目が覚めた瞬間、自分が何処に居るのだろうと考えずに済んだ 
り、暗い部屋に入っても自然に照明のスイッチに手が届く事等。 
そして何より外から戻ってこの部屋に入るとほっとするのは確かだ。 
だがやはりここは仮の居場所にすぎない。 
手狭なライティングビューローの上で書類を広げ、報告書を仕上げ 
ながらマリアはそう感じていた。 
帝劇の自分の部屋の机が懐かしい。 
天板が広く、どんなにいっぱい仕事の為の資料を載せてもまだ充分 
にゆとりが有る。 
上に載せた本棚の中には数冊の愛読書。 
疲れた時にはいつでも手に取ってページをめくってみる本が並んで 
いる。 
そんな机がある帝劇の自分の部屋が懐かしい。 
一刻も早くこの仕事を終わらせて帰りたい。 
帰りたい・・・と願う場所があるという事がマリアにとっては不思 
議に思えた。 
この長期任務も後残すところ数週間。 
7月には日本へ帰る。 
そう、行くのではなく帰るのだ。 
最後にもう一度書類を確認してペンを置く。 
書き上げた報告書をファイルに綴じ、日記帳を開く前にコーヒーを 
飲もうとカップに手を伸ばした。 
ルームサービスのコーヒーがすでに冷めているのに気付き軽く舌打 
ちをする。 
ひと仕事終えた後に熱いコーヒーが飲みたかった。 
夜も12時を回っているからもう一度コーヒーを注文する訳にもい 
かない。 
帝劇ならばそんな時は下の厨房に降りて煎れ直して来れば済むのだ 
が。 
それでも半ば諦め顔でカップを手にして口をつける。 
だが冷めたコーヒーの酸味に顔をしかめるとカップを置いた。 
その時サイドテーブルの上でキネマトロンの呼び出し音が鳴った。 
この時間に入る通信は珍しい。 
大抵は時差が有るのでこちらの朝早い時間帯に通信が入る。 
たまに違う時間帯に入る事があってもこんな時間にとは。 
何か緊急事態でも起きたのだろうか? 
自分がアメリカに来てすぐ帝都では黒鬼会と名乗る者達による不穏 
な動きが始まった。 
米田が何者かに狙撃されるという事件も起きた。 
幸い怪我をした米田の意識も戻り順調に回復しているそうだが。 
すみれもカンナも帝撃に戻り、星組の新隊員を加えて度重なる戦闘 
が始まっている。 
急いで蓋を開け回線を繋ぎながら相手の番号を確認する。 
回線が繋がると同時にマイクに向かって話し始める。 
「はい、こちらはマリア・タチバナ・・・・。」 
心無しか緊張した面持ちで答える。 
しかしモニターに写し出された映像を見てマリアは怪訝そうな表情 
を浮かべた。 
モニター一面が真っ白にぼやけている。 
ところどころに淡い色合いで何か見えるのだが何が写し出されてい 
るのかは皆目見当がつかない。 
遠距離から送られて来る映像はノイズがゆっくりと上から下へ流れ 
て行く。 
それから察するに受信側の不都合やモニターの故障では無いようだ。 
マリアはもう一度通信番号の確認をした。 
見なれた数字が並ぶその番号は間違い無いのだが。 
それにいつもならマリアの応答にすぐ答える大神が返事をしない。 
「・・・・あの・・・隊長・・・・ですよね?」 
不審げに相手を確認するマリアの問いかけにやっとスピーカーから 
大神の声が流れる。 
『そうだよマリア、大神だ。』 
大神の声の調子から緊急事態ではなさそうなことを察し安堵した。 
それどころか何かこれから楽しい事が待っているような嬉しそうな 
様子に聞こえる。 
「どうなさったんですか? 
何かそちらで緊急事態でも発生したのでしょうか?」 
楽しげな大神の声にそんな事は無いだろうと思いつつも一応確認し 
てみた。 
『いや、こちらは何とも無いよ。 
どうしても今のうちにマリアにこれを見せたかったんだ。 
それよりマリアがまだ起きていてくれて良かったよ。 
もう眠ってしまっていたらどうしようかと心配だったんだ。』 
そう言う大神はこちらのモニターが真っ白になっているとは思って 
いないようだ。 
「あの・・・隊長、これって言われましても・・・・。」 
『驚かせてしまったかなぁ?』 
大神の声の調子には何かわくわくした響きがあった。 
だが得体の知れない画像に戸惑ってマリアは言葉を続けた。 
「隊長・・・カメラの具合が悪いようですが。」 
『えっ?あれ、上手く映って無いのかな?』 
マリアの戸惑う様子は向うではちゃんと画像になって届いているよ 
うだ。 
こちらだけ見えない居心地の悪さを感じながらマリアは言葉を続け 
た。 
「一面ぼんやりと白くなってます。 
それに隊長の顔が映っていないのですが・・・」 
『う〜〜んと・・あっそうか、失敬マリア。』 
「・・・・・。」 
『そうそう、普通に俺の顔が来るのはここらへんでっと・・・。』 
大神がそう言いながら何やらごとごとと音を立てるとモニターのぼ 
やけた画面が一気に明瞭になった。 
白い花ばかり幾種類も集めて造られた大きな花束が映し出される。 
モニターいっぱいに広がる花束を見つめながらマリアは思わず溜息 
をついた。 
公演の最中はよくファンから花束を貰う。 
劇場にもいつも沢山の花が飾られている。 
だけどこれは・・・。 
百花繚乱とはこの事を言うのだろうか。 
薔薇、アネモネ、風鈴草、レースフラワー、芍薬、クチナシ、霞草、 
フリージア、百合、トルコ桔梗、そしてストック。 
それぞれに微妙に色合いの違う白。 
それが白い大きな花束になって画面いっぱいに咲き誇っている。 
「綺麗・・・・・。」 
そう一言呟くとマリアはうっとりとした表情で見入った。 
『気に入って貰えたようだね。』 
大神もそれだけ言うと後はマリアが花を眺めるのを邪魔しないよう 
に口をつぐんだ。 
しばらく経ってようやくマリアは口を開いた。 
「隊長、どうしたんですか?これ・・・・。」 
『どうって・・・・。 
花屋に入って白い花を選んで花束にして貰ったんだよ。』 
「は?」 
『だから、今日は・・・・。 
マリアの方の日付が変わったところでお祝いを言いたかったんだ。 
これでアメリカも日本も同じ19日、君の誕生日にお祝いが言える。 
誕生日おめでとう、マリア!』 
モニターの中で花束がゆっくりと横に移動すると大神の顔が現れて 
マリアに向かって微笑んだ。 
「隊長・・・・。」 
大神の笑顔にひかれるように微笑みかえすマリアに言葉を続けた。 
『今年も君の側でお祝いを言う事が出来なかったね。 
だけど離れていても君の生まれた日を祝い感謝する気持ちに変わり 
は無い。 
こうして出会えたのも全てこの日から始まるのだから。 
本当に、マリア誕生日おめでとう。 
任務を終えて帝都に戻ったら改めてお祝いをしよう。 
約束だよ。』 
「あ・・・・ありがとうございます、隊長・・・・。」 
マリアは声を詰まらせながら礼を言った。 
今度はカメラのせいじゃなく花束が滲んで見えたから。 
 

2000・6・24完

 

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