帝国華撃団外伝
エピローグ 1999年7月 シベリア

 

 シベリアの夏…
 どこまでも続くツンドラ地帯には厳しい風土に耐え抜いた地衣類が繁殖し、大地は薄い緑に覆われている。
 風の音しか聞こえないシベリアの平原を、一台の軍用車がディーゼル機関を唸らせて走行していた。ロシア軍から民間の旅行会社に払い下げられた不整地走行用の装甲車には、日本人の大学生達が乗っていた。
 「…随分、遠回りになるんじゃないすか、キム先輩!」
 車酔いに顔を青くしている青年を睨みつけながら希夢は声を荒げた。
 「…この地域には珍しい地衣類が多いのよ!先生も了解済みなの、文句有る?」
 薄い碧色の瞳にまっすぐに見据えられ、英二は声を失った。
 教授は後ろの座席で眠ったままだった。他のゼミ生も変らない風景にすっかり飽きているようだった。
 長い黒髪をきちんと後ろでまとめた希夢は、広げた地図に目を凝らしている。
 化粧っ気もなく、何の変哲もない白の木綿のシャツにリーバイスの501。いつもそんな
格好の希夢だが、日本人離れしたモデル体形と意志の強そうな整った顔立ちのおかげでどこにいても目立ってしまう。
 存在感があるんだよな…
 英二は、美しく勝ち気な大学院生の横顔を見つめていた。
 「……もうすぐだわ……ねえ、君、デジカメ持っていたわよね?…」
 希夢に尋ねられ英二は慌ててバッグの中を手探り、買ったばかりのデジタルカメラを希夢に手渡した。
 「…先輩のVAIO…確かC1でしたよね…」
 「C1のカメラは画角が狭いのよ、スナップならいいんだけれどね…」
 希夢はコードでノートパソコンとデジタルカメラ、携帯電話を接続しながら、英二に向かって微笑んだ。この笑顔が曲者なんだよな、と英二は心中つぶやいた。
 「……あれだわ……」
 地平線を見つめていた希夢がため息をついた。
 1900年初めに出来たと言われている隕石落下跡…
 目の前に開けたクレーターの大きさに希夢は圧倒されていた。新聞記事で取り上げられていた時の写真から想像していたものより数倍は大きい。
 …それにしても、どうしてこのクレーターのことがそんなに気になるのかな?……
 希夢は、新聞記事を手渡された時の曾祖母の顔を思い出しながら、機材を入れたトートバッグを肩に掛けた。
 「ヴィクルーチャト!」(停めて!)
 希夢の声にロシア人の青年が希夢の顔を一瞥し、それから装甲車は停止した。
 装甲車のドアを跳ね上げて希夢は飛び降り、英二も後に続いた。
 クレーターの前に立った希夢は、デジタルカメラを構えて数回シャッターを切った。
 「…凄いな…一体どれくらいの隕石が落ちたんでしょうね、先輩。」
 希夢はメールソフトを立ち上げ今撮影した画像を添付書類にして、メールを送る準備をし
始めた。
 「…その携帯で本当につながるんですか?…」
 「つながらなかったら、イリジウム社を訴えてやるわ。」
 希夢が送信ボタンを押すと、サーバーへの接続のダイアログがsucsessfulになった。
 「ほらね」
 勝ち誇ったように希夢が笑った。
 二人は乾いたシベリアの風に吹かれながら、目の前のクレーターを見つめていた。
 「…どうして…このクレーターに興味があるんでしょうね…」
 「…さあね…落ちるところを見たんじゃないかしら?」
 「…きっと怖かったでしょうね…」
 「………」
 曾祖母が女優として活躍していた20代の頃のブロマイドの顔を思い出し、希夢は若い頃の曾祖母はこの地にどんな想いで立っていたのだろう、と考えながら高い空を見上げた。
 「…そろそろ約束の時間だわ…」
 腕時計を見た希夢は、ブラウザを立ち上げて自分のHPのチャットルームに入っていった。
 既に、相手はログインしていた。
 「…へえ…『火喰鳥』ってハンドルなんだ…」
 ディスプレイを見ていた英二がつぶやいた。



管理人:火喰鳥さん、いらっしゃいませ。(7月18日17時29分03秒)


管理人:きむさん、いらっしゃいませ。(7月18日17時30分00秒)


 きむ:お待たせしました!シベリアからでーす!(7月18日17時30分13秒)


火喰鳥:元気そうですね、きむさん。安心しました。(7月18日17時30分51秒)


 きむ:メール届きましたか?添付の画像開くことができましたか?(7月18日17時31分12秒)


火喰鳥:大丈夫。開くことができました。よく撮れていますね。(7月18日17時32分05秒)


 きむ:良かったー!(7月18日17時32分26秒)


火喰鳥:随分大きいんですね。(7月18日17時32分59秒)


 きむ:野球場が何個も入るくらい大きいです。一つ質問があります。(7月18日17時33分18秒)


火喰鳥:何かしら(7月18日17時33分43秒)


 きむ:この隕石が落ちるところを見たのですか?(7月18日17時34分00秒)


火喰鳥:…難しい質問ですね…見たというより、落としたと言った方がいいのでしょうか。(7月18日17時35分21秒)


 きむ:落とした?隕石を?どういうこと?さっぱりわからない!(7月18日17時35分54秒)


火喰鳥:随分昔のことですから……あ、お客様が来たみたいです。落ちますね。(7月18日17時36分33秒)


 きむ:じゃあ、そろそろ落ちますね(7月18日17時36分49秒)


火喰鳥:きむさん(7月18日17時36分59秒)


 きむ:何ですか?(7月18日17時37分07秒)


火喰鳥:本当にどうもありがとう。(7月18日17時37分26秒)


 
 
 
 
ロシアの赤い月・(1999年3月13日)

ロシアの赤い月へもんぺーるの部屋へ目次へ

あとがき

 マリア・タチバナというキャラクターは、「サクラ大戦」の世界の中でも特異な位置を占めています。
 それは、マリア・タチバナというキャラクターが、「サクラ大戦」という世界観に歴史的な視座を与える役割を担う為に、顕在的に「過去」が投影されているという点です。このマリア・タチバナの存在により「サクラ大戦」における世界観、戦闘の概念が重層的なものになっているわけです。
 もちろん、他のキャラクターにもその性格、行動様式を決定づけるような「過去」が与えられているわけですが、それはどちらかと言えばあらかじめデザインされたキャラクターを説明する補完的なものです。
 「多感な時期に革命戦争という極限的な状況を経験した」マリアにとっては、それは自分を規定するだけの過去ではありません。戦争少女クワッサリーとマリアは完全な連続体であり、クワッサリーは今も生きており、これからも多分生き続けるのです。それがマリアの苦悩であり、苦悩しそれを超克しようとする姿がきっとファンを魅了するのです。
 そんなマリアの内面に少しでも触れることができたら、という想いがつのり、小説を書こうと思い立ちました。
 厳しい状況下で敵と戦いながらシベリアの雪原を疾走するマリアと大神…
 そんな大まかなイメージを思い描きながら、かねてから書きたいと思っていた冒険小説的
なテイストを表現手法に用いてみました。
 冒険小説というジャンルに初めて接したのは景山民夫の「虎口からの脱出」という小説でした。それまで何となく通俗的な臭いを感じて敬遠していた冒険小説という分野に、良質のエンターテインメントが存在するということをこの小説で知りました。
 それ以後ハヤカワ文庫の「冒険・スパイ小説ハンドブック」を手がかりに、アリステア・マクリーン、ジャック・ヒギンズ、ギャビン・ライアル、ジョン・ル・カレなどを読み漁りました。このあたりを読んでいなかったらきっと書けなかっただろうな、と思います。

 蛇足ながら、設定、参考にしたものについてです。

 兵器の名称、機構等については「幻の秘密兵器」という文庫本(詳しくはレビュー参照)を参考にしました。登場人物の「秋水」という名前も、防空戦闘機「秋水」(しゅうすい)からいただいています。(ちなみに「橘花」(きっか)はジェット特攻機です。)噴進砲というのも本当にあったんですね。
 
 イラストで描いた側車(サイドカー)のモデルは、ロシア製のウラル・スポーツマントリフです。価格は97万5000円。(思ったより安いですよね) 普通免許で乗れるそうですよ。

 「輸送計画会議」でのロシア料理は、「ロシア大使館ガヴリリン料理長お勧めのロシア料理レシピ」(http://www.netlaputa.ne.jp/~khaen/vkusno.htm)を参考にしました。このHPには、ロシア料理のレシピがたくさん掲載されているので興味のある方は見て下さい。

 最後に、貴重な意見、感想をいただいたgggさん、励ましていただいた、香澄さん、まろねこさん、長いスクロールにいらいらしながら、あるいはダウンロードして読んでいただいた皆様、どうもありがとうございました。
 

 そして、制作中に意見、助言をくれたМАРИЯふみえ、元気を与えてくれた、シャルロット、メリーベル、どうもありがとう。