Kervan Sarayiのゆっきいさんから素敵な小説をいただきました。
どうもありがとうございます。
(2000年4月5日)

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それはとある日の昼下がりのこと。
いつものように大神が雑用を終え、事務局の前を通りかかると中から楽しそうな
話し声が聞こえて来た。声の感じからすると、どうやら「帝劇三人娘」がお揃い
のようである。
「あっ。大神さーん。ちょっと待って下さーい。」
そのまま通り過ぎようとした大神を、すかさずそのうちの一人が呼びとめる。
「何だい、由里くん。また新しい情報を仕入れて、誰かに話したくて仕方ないん
だろう。それとも何か頼み事かい?」
帝劇一の情報通である榊原由里は、様々なネタを何処からか仕入れて来ては皆に
話すのが大好きなのである。その話を聞かされているだけならいいが、何時の間
にか自分もネタにされているのが難点だ。
「大神さんたら、言ってくれますね。いいですよ。『とっておきの話』があるん
だけど…大神さんには教えてあげないことにしよう。」
「由里、いいかげんにしなさい。すみません、大神さん。由里ったらいきなり失
礼なことを言って。」
由里が拗ねて憎まれ口を叩くと、すかさず同じ事務局の藤井かすみがフォローを
入れる。この辺の連携プレーは見事なものだ。
「そうですよ。かすみさんの言うとおりですよ。それに『とっておきの話』は由
里さんだけのじゃないんですからね。あたし達三人のなんですから。」
その後を高村椿が続ける。椿は売店の売り子だが、大神同様、事務局の手伝いを
することが多く、頻繁に顔を出している。(もちろん、椿の仕事をかすみや由里
が手伝うこともある。)この三人は「帝劇三人娘」と呼ばれ、帝劇では花組の次
に人気の存在なのである。
「そんなこと、言われなくてもわかってるわよ。」
「大神さん、これを見てもらえますか。」
ブツブツ言う由里を横目にかすみが書類を差し出す。大神はそれを受け取るとパ
ラパラとページを捲った。
「へぇ…。かすみくん達が考えたのかい。いいじゃないか。」
「でしょう。元は椿の何気ない一言だったんだけど…。」
 

由里の話によると、三人で売店の整理をしていた時に、そろそろ新しいブロマイ
ドを作成する頃だという話になり、次はどんな写真を撮ったらいいかまで発展し
たそうだ。そんな時、椿がポツリと呟いた。
「こうしてあたし達で決めてしまうのって、何だか申し訳ない気がして。」
「椿…。何で申し訳ないなんて思うの?」
「だって、考えてみて下さい。ブロマイドを買ってくれるのはお客さまなんです
よ。なのにその人達を差し置いて、あたし達が好き勝手に決めちゃっていいのか
なって思うんです。」
「椿ったら…。そんなこと言ったってブロマイドは商品なんだから、しょうがな
いじゃない。」
「それはそうなんですけど…。でも、よく言われるんです。『この前の舞台のマ
リアさんがとても良かったんだけど、その時の写真はないの?』とか、『さくら
さんの水着姿もいいけど、浴衣姿も欲しいな』とか…。そう言われると、『ごめ
んなさい。ないんです。』って言うしかなくて…。」
「要するに、椿はお客さまの要望に応えてあげたいって思ってるのね。」
「そうなんです。確かにお客さんの欲しがっているもの全部をブロマイドにする
なんて、そんな事は無理だってわかってます。でも、その中の一部でも取り入れ
てあげられないかなって思うんです。」
「椿の気持ちもわからなくないけど、それをやっていたらキリがないじゃない。
第一、当の花組のみんなが嫌だって言うかもしれないわよ。」
「確かにそうですよね。すみれさんなんて、『私の写真を撮るのに他人に指図さ
れる筋合いはございませんわ。』とか言いそうですし。…やっぱりダメですね。

「何かいい方法はないかしら……。」
うーん…と三人揃って頭を抱える。
「そうだわ。こういうのはどうかしら?お客さまにリクエストを頂くの。」
「リクエスト〜!?」
かすみの言葉に由里と椿がそろって声をあげる。そんな二人を見てにっこり微笑
むとかすみは話を続けた。
「そう、お客さまにこういうのが欲しいってリクエストを頂いて、それを元に花
組の皆さんと相談して決めるのよ。そうすればお客さまの意見も取り入れられる
し、花組の皆さんにも納得してもらって、いい物が出来るんじゃないかしら。」
「かすみさん、ソレいいです。その案、もーらい♪」
「さすがはかすみさんですね。」
「二人とも、おだてても何も出ないわよ。じゃあ、これからかえでさんの所に行
って相談しましょう。」
 

「それで、出来上がったのがこの企画書なんです。」
大神が書類を差し出すと、かすみは大事そうにそれを受け取った。
「米田支配人の決済も下りているので、後は実行に移すだけなんです。」
今度の公演の初日から1週間、ロビーに告知のポスターを貼り、リクエスト受付
箱を設置して募集をするのだ、と由里が手順を説明する。
「用紙はこちらで用意しておきますが、もちろん、他の用紙を使ってもらっても
構いません。例えば、単にリクエストを書くだけではなく、選んだ理由や、それ
に対する感想や想いを書いてくれる人もいるでしょうから。」
「なるほど…。でもそうすると集計作業が大変じゃないのかい?」
三人は顔を見合わせると揃って口を開いた。
「大神さんにお願いがあるんです。」
待ってましたと言わんばかりの勢いに、大神はくすくすと笑いを堪える。
「集計の手伝いをすればいいんだね。」
「さすがは大神さん!よく判ってますね。」
椿の言葉に多分そうだろうと思ったと笑いながら応え、
「それにそんな事でもないと、わざわざ俺に声を掛けたりはしないだろうからね
。」
とつけ加えた。
「あっ、バレました?」
由里がぺろっと舌を出す。
「こら由里、大神さんに失礼でしょう。すみません大神さん。いつも面倒なこと
ばかり頼んでしまって。」
「気にしなくていいよ。面白そうな企画だし、参加させてもらって却ってありが
たいよ。」
「そう言っていただけると助かります。」
詳しいことは追って連絡すると言うかすみの声を背に大神は事務局を後にした。
 

それからあわただしく時が経ち、あっという間に公演初日を迎えた。
舞台はいつものように大盛況で、お客さんの評判も上々である。花組の熱演もさ
ることながら、中でも話題になったのはどうやら例のリクエスト企画のようだ。
そんなある夜のこと、大神がいつものように見回りをしていると、普段は人気の
ないロビーにひっそりと佇む人影を見つけた。
「マリアじゃないか。こんな所にいるなんて珍しいね。」
「た、隊長…。見回りですか?ご苦労様です。」
不意に声を掛れられ、慌てて立ち去ろうとするマリアを大神が引き止める。
「こんな所で何をしていたんだい?」
「別に何も…。ただ通りかかっただけなんです。そう、お水を飲みに行こうと思
って…。」
「わざわざロビーを通ってかい?」
マリアの部屋から厨房までならここを通ると遠回りになる。そう思って何気なく
出た言葉だった。するとマリアは観念したように息をつくと壁に貼ってあるポス
ターに視線を向け、その傍らに置いてある箱にそっと触れた。
「どうしても気になってしまって…。」
大神は最初何のことだか判らないという表情を見せたが、ややあって、思い付い
たことを聞いてみることにした。
「……もしかしてこの中身かい?」
「ええ。どんな事が書かかれているのだろうって思ったら気になってしまって…
、つい足がここに向いてしまったんです。」
「別にそんなに気にすることでもないと思うけど。」
いつものマリアらしからぬ反応に、大神は思わずくすりと笑う。
「隊長、お願いですから笑わないで下さい。」
自分でもおかしいと思っているのですから、と言ってマリアは箱を持ち上げ軽く
振ってみた。
「私に来るリクエストなんて、多分男装のものばかりだって判ってはいるんです
。でも、何か他のものがあったらどうしようって…。もちろん、さくらならいざ
知らず、私なんかがそんな格好をしたって似合うはずはないんですが…。」
マリアは真っ赤になりながら、懸命に弁解をする。
「そんなことないよ。マリアはどんな格好をしてもきっと似合うよ。」
それにしても、そんな格好とは一体どんな格好なのだろう。『さくらならいざ知
らず』という事は、さくらがする様ないかにも可愛らしい格好という事なのだろ
うか。でもあんなに真っ赤になるくらいだからもっと別のものかもしれない。
(もしかして、水着とか……。)
大神は思わず聞いてみたい衝動にかられたが、聞いてもきっとマリアは答えてく
れないだろうし、怒られるのがオチだ。そこで、あえてその話題には触れずに違
う事を口にした。
「そうだな、俺だったら…。」
「……隊長でしたら?」
マリアが真剣な眼差しで大神を見つめる。大神はしばらく考え込んでいたが、不
意に顔をあげて言う。
「そうだ!ドレスがいいな。それもすみれくんや織姫くんが着る様なヒラヒラし
たヤツじゃなくて、もっと大人っぽい、スッキリしたデザインのボディラインが
判るようなドレス。髪もアップにしてさ。きっと似合うと思うよ。」
にっこり笑う大神とは対照的に、マリアは次第に顔を赤らめる。(ボディライン
云々の件で一瞬厳しい顔になった事は言うまでもないが)
「でも、リクエストはしないな。」
「隊長?」
「不思議かい?でも、考えてもご覧よ。そういう『とっておきの姿』だったら一
人占めしたいと思わないかい?ましてやブロマイドにしてだなんて、絶対思わな
いよ。」
大神は、それが自分一人だけのたった1枚しかない物だったら話は別だけれど、
と呟いた。
「それに、これはなんとなくなんだけど、お客さんもそうなんじゃないかって思
うんだ。だからごく普通の舞台の写真とか、当り障りのないものしかリクエスト
しないんじゃないかな。だからそんなに気にすることはないよ」
何の根拠もないんだけどねと頭を掻きながら微笑む大神に、釣られてマリアも笑
顔を見せる。
「そうですね。気にしていても仕方ありませんし、集計の結果が出るのを楽しみ
にすることにします。勿論、その中に先ほど隊長が仰ったのと同じようなものが
あったら、隊長のだという事にしておきますから。」
「しないって言ってるじゃないか。」
「口では何とでも言えますからね。」
「言ってくれるなぁ。(苦笑)さあ、もう遅いからそろそろ休もう。部屋まで送
って行くよ。」
すっかりいつものペースに戻ったマリアの切り替えしにたじたじになりながら、
大神はマリアを促してロビーを後にした。

 

前編・了


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