report & column

ESさんのレポート&コラム

(筆者へのメールは
こちらから、「ESさんへ」と明記にて)


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その後の父
(2009年05月10日)

 書いたものをコラムの方に掲載していただき、ありがとうございます。

 おかげ様で父は、脳梗塞になってからこの5月で2度目の春を迎えることが出来ました。

 体力が落ち何か口から流し込もうとしますが、その回数も減りました。訓練して頑張ってきた身体もすっかり細ってしまいました。が、数字に強く記憶力抜群の父なので、助けられる事しばしばです。声が出せればもう少し楽でしょうが、ちょっと無理のようです。

 神経の麻痺に血管麻痺、時々頭をひねるような事に出くわし、手探り状態ですが頑張っています。数日後、病院に胃瘻交換に行く予定でいます。

 父が怪我した頃の医療からみると、本当に信じられないくらい今は進歩しています。IPS細胞の事が記事になっていますが、すごい事ですね。良い方向への進歩を願ってやみません。



 

頸損歴40年の父とともに

 私は仙台に在住しており、父が頸椎損傷で自宅療養しております。今年の夏で、怪我をしてから40年になりました。

 年齢とともに血圧のコントロールも難しくなり、春に脳梗塞になってしまいました。食事を摂れなくなり胃瘻をするあたりから、このHPを知り、川原さんにメールを頂いたりしました。

 おかげ様で今日で父は、73歳の誕生日を迎えました。声は出ませんが意識はしっかりして、最近は調子の良い時に水分だけでなく、梅干しの種をなめて咀嚼の練習をしています。(左麻痺で誤嚥の危険があるので慎重に)胃から栄養は摂れるんですが、神経の関係か痰や唾液が大量に出てきて、おさまるのに短くても2、3時間はかかります。担当のお医者様でもわかりませんが、家族としては味覚を感じて欲しいのと、少しでも栄養をと、スープを漉して喉から通しています。

 本人の気力に押され、周りの看護スタッフに助けられ、誕生日を祝う事が出来、嬉しいです。

 これから寒い冬。北海道の方はそれだけでも厳しいですが、頑張って欲しいと思います。


(北国の頸損かわら版 Vol.34への寄稿から:2007年11月) 
 


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