自立生活・・・悔いは無き選択
静岡県 水島秀俊
自立に向けての構想に数年を費やし実際に動き始めて約1年半、不動産を回っての物件探しや訪問看護ステーション、入浴を受けるデイサービス、主治医になってもらう病院探しやヘルパー派遣の事業所、市役所等の交渉、介助者探しなど、30回近い外出を重ねて実現にこぎつけました。退寮1ヶ月前には浜松市に住民票を移し、在宅で支援費を利用するために必要な受給者証の申請等、多くの諸手続を済まして慌ただしく9月5日の退寮の日を迎えました。
現在、自立生活を始めて数カ月が過ぎ、やっと生活のリズムも安定してきました。でも自分の感覚では、もう数年が過ぎたように感じられます。自立生活を始めてみると、施設の生活では体験できなかった多くのことが一つ一つ新鮮に感じられました。例えば夕刻近所から漂ってくる魚を焼く匂いや犬の鳴き声、空き地で遊ぶ小さな子供の笑い声や通勤途中の車の音など、一般の社会では当たり前の日常の出来事や生活感漂う全てのことが、とても嬉しく思い、安らぎや安心感を与えてくれます。2階から天井を通して伝わる小さな子供の跳ねるような足音も、ヘルパーさんと「座敷わらしの音だねえ」と思えば苦にならないから不思議です。マンションの駐車場でデイサービスの送迎を待っている時、窓から小さな男の子が「どこに行くのー?」と、声を掛けてきたりもします。ワゴン車に乗り込んでいる時、道路を掃除している隣家のオバさんが物珍しげに近づいて来て、質問攻めに遭ったりもしました。また、窓から小さな女の子が、そっとこちらを覗`いているのでヘルパーさんと一緒に手を振ってみたら…「あっ、逃げた!」。「恥ずかしがらずに隠れないで手を振り返してくれたら良いのになあ」と、思いながら後にした事もありました。辺りは木々等の緑も多く閑静な所ですが、高台なので近くに水辺はありません。なのにベランダでヘルパーさんが小さなカニを見つけてきて「いったい何処から来たのかな?」と、思いを巡らした事もありました。
この数カ月を振り返ってみると、覚悟していたとはいえ実際多くのトラブルがおきました。自立が実現できて今まで張りつめていた気が抜けたせいなのか、慣れない生活に体力がついていかなかったのか、理由は良く分かりませんが、今まで出来たことがなかった右の坐骨に褥瘡が出来てしまいました。自立生活を始めて1週間目の事で、早くもヘルパーのシフトの見直しを迫られ、入浴を受けるデイサービスも休まなければならなくなりました。その間約半月程必死になってベッド安静で治しました。原因不明の血尿が出たときも施設とは違い、病院に行くまで当然ながら福祉タクシー等の予約から全てを自分で行わなければなりません。施設を出て自立生活をはじめたからには全てが自己責任です。また、朝8時に来る予定になっているヘルパーさんが、いくら待っても来ません。枕元の携帯電話でヘルパー事業所に連絡をとっている最中に運悪くバッテリー切れで会話が出来なくなってしまい、外部との連絡が全く途絶えてしまいました。その後、何とか事業所のほうが連絡をとってくれて事なきをえたこともありました。今後こういう状況がおこらないとは限らないので、緊急の場合、冷静に対処できるように普段から心掛けておく必要性を痛感しました。
最後に、まだまだ地方では介護の多くをヘルパーさんに依存しながら自立生活を送る全身性の重度障害者は少ないのが現状です。ただ前例があれば、これから自立しようとする重度の障害者に対して、市町村との交渉や対応もスムースに進んでいくことになります。今後、私が自立生活を実践し続けていくことが、多くの重度障害者の自立の助けになることを願ってやみません。
(北国の頸損かわら版:2004年9月より)