
私に与えられたテーマは「頚損者とパソコン通信」ということなので、現在パソコンを利用することによってどれほど頚損者の生活が幅広く、便利になるかということを、私を例にして紹介してみようと思います。とかく話を進める前に「パソコン」と聞くだけで拒絶反応を示される方も多いであろうこの話題ですが、話の前提として、通信のためにだけパソコンを利用するのなら、パソコンの操作なんてとても簡単だということを知ってください。事実パソコンの操作は難しくなんかなく、使ったことが無いのに難しいと思い込んでいる方が多いのが実情です。特に中高年の方、心当たりありませんか?(笑)。オートマの車を運転するために車のメカニズムやギアチェンジの方法を知らなくても良いように、パソコンを使うためにパソコンの構造や数学的知識は全く必要無いのです。そんなくだらない先入観はこれを機会にさっさと捨てて、世界の技術を注ぎこんだパソコンという道具を使ってみましょう。
オートバイのレースをしていた私は、90年にレース中の事故で第5頚椎を粉々に砕いてしまい、頚損となってしまいました。現在の麻痺のレベルはC5からC6で、腕は曲げられるけど伸ばせないというところです。手首も甲の側に曲げて固定することができるので、鉄火巻やポテトチップス、枝豆なんかは装具を使わずに食べられます(笑)。ただ、身長が180cmと今となっては無用に「長い」ため、移動などの際には介助が不可欠です。車椅子は、床がフローリングになっているようなところでは、まあまあ動かせますが、傾斜や段差があると辛いです。
こんな目にあってもレース好きは治らず、レース雑誌やテレビでの中継を欠かさず見ていたのですが、93年、あるレース雑誌に載っていた「パソコン通信でレース情報をリアルタイムで入手しよう」という記事を読み、色々と調べたところ、札幌市から給付してもらったワープロにたまたま通信機能が付いていて、電話回線とワープロをつなぐための「モデム」というパーツを用意すれば簡単に利用できるようになるとのことだったので、早速パソコン雑誌で中古のモデムを見つけて接続してみました。本で読んだ通りに操作して、登録されている内容を読んだり調べたりするうちに、その膨大な情報量と速報性に驚愕させられました。さらに利用していくうちに、2輪レースの情報はパソコン通信サービスのごく一部でしかなく、数多くの話題がテーマ別にそれぞれのフォーラムという場所に分かれ、情報を利用者同士が交換し、それが蓄積されていくことでデータベースが出来上がっていることに気がつきました。もちろん障害者をテーマとしたフォーラムも存在し、全国の情報をやり取りしています。
しばらく2輪レースの情報を得るためだけに利用していたのですが、そのうち自分も何か書いてみたくなり、わかる質問に答えたりし始めました。そんなことを続けているうちに、通信上で知り合った友達もできました。なにせパソコン通信は電話さえ使えればどこからでも接続できるため、参加者は世界のいろんなところからアクセスしています。そのため、私の友達も東京、大阪は当たり前、九州、沖縄、果てはアメリカに住んでいるという方も珍しくありません。最初は九州に知り合いができたと感動したのですが、今ではその感覚も麻痺してしまい、ごく当たり前に感じています。パソコン通信が人と人とのコミュニケーションから距離と時間を解放してくれたというのは、実際に参加してみると本当に良くわかります。また、パソコン通信で知り合った方とは趣味や趣向が同じということがキッカケになっていますから、普通に知り合うよりも濃い人間関係になったりします。文字だけでやり取りしているから冷たい関係にしかならないというような考えは、電話が初めて日本に現れたときの「家から出ずに用事が済むから人間関係が希薄になる」という考えに良く似ていて、笑ってしまいます。結局は人間同士の付き合いですから、通常の社会と何ら変わる事はないのです。ただ、距離が一気に飛躍してしまうので、直接電話する時などは電話代が大変ですけどね。いちいち文章作成するより電話した方が早いという時に、直接電話で話すということは結構あったりするんです。(笑)
さて、ここまでパソコン通信の話をしてきましたが、これまで出てきたパソコン通信というのは「ニフティサーブ」という会社が運営している商用ネットワークのことです。ニフティサーブを利用するには1分8円程度の利用料が電話料金以外に掛かりますが、ニフティサーブは全国各地に接続できるアクセスポイントを用意しているので、電話料金は全国ほぼどこの場所からでも市内通話で済みます。また、ニフティサーブ利用料金は銀行引き落しで支払いできるため、クレジットカードを作れない障害者でも加入することができるようになっています(事実この制度はそのためのものと言っても良いです)。
パソコン通信がコミュニケーションによる情報提供をメインにしているのに対し、最近話題のインターネットは世界中のコンピューターがつながっている巨大なデータベースのようなものですから、必要な情報を自分で探す必要があります。しかもその情報量はパソコン通信以上に膨大で、それこそ無尽蔵と言っても過言ではないほどです。もちろん頚損の情報もあります。詳細はスペースの関係で省きますが、インターネットは基本的に無料なので、サービス内容が同じでもプロバイダと呼ばれる接続業者によって利用料金がそれぞれ違います。それはガソリンの値段がスタンドによって違うようなもので、ニフティのように1分10円というような従料制の会社もあれば、年間2万円で使い放題(もちろん電話料金は別)という会社まで、色々とあります。
なかなか出歩くのが大変な頚損者にとって、パソコン通信やインターネットで一番便利な機能が「電子メール」です。どちらに加入しても自分専用のID(住所みたいなものです)をもらえ、そこには自分宛の手紙(以下、メール)が届くようになっています。もちろん自分から他の人にメールを送ることも出来るので、相手がIDを持っている人ならいつでもどこからでも送ることができます。一度に複数の相手に同じメールを送ることもできます。しかもそのメールはすぐに相手に届くため、時間的なロスがほとんどありません。また、自分に届いたメールは自分以外の人が読むことはできないため、都合の良い時に読むことができます。もし皆さん全員がIDを持っていて、頚損連絡会からの会報を電子メールで送ることができたとすると、掛かる経費は大幅に削減されるでしょう。印刷する紙、プリンターのインク、封筒、切手、発送作業の全てが必要無くなるからです。企業で電子メールの利用が急増しているのもこのためです。電子メールを利用するだけでもパソコン通信に加入する価値は十分にあります。そしてその有意義さは、一度利用すると元には戻れないほど便利なのです。ちなみに、この原稿もメールで編集の方に送っています。これまでなら推敲のたびにいちいち紙にプリントアウトして郵送し、内容をチェックしてもらわなくてはいけなかったのですが、そんな面倒な手間は一切不要になりました。
電子メールに限らず、パソコン通信やインターネットを利用するためにはパソコンを使わなくてはいけないのですが、必ずしも新しい機種を買わなくてはいけないということではありません。3年程前の機種でも充分使えます。昨今のパソコンブームのおかげで中古価格は雪崩のように下がっていますから、7〜8万もあれば一通り揃えることができます。パソコン通信だけで良いなら2〜3万で済むかもしれません。ただし、ワープロは止めたほうが良いです。パソコンはワープロになりますが、ワープロはパソコンになれません。私はワープロで通信を始めましたが、すぐにパソコンと交換してしまいました。パソコン通信用の便利なソフトがパソコンには数多く出ているのですが、それはワープロでは利用できないからです。
新しくパソコンを買える方が選択できるのは、アップル社のマッキントッシュか、95年末にブームになったウインドウズ95というソフトを使用しているその他のパソコンとなります。新聞などでも読まれた方がいると思いますが、ウインドウズ95というソフトはマッキントッシュに強い影響を受けています。ほとんど盗作と言っても良いのですが、そんなことは利用する側には関係ありません。要はどちらが自分にとって使いやすいかが問題なのですが、基本的に私は頚損者にはマッキントッシュを薦めています。ほとんど同じになってしまった両者ですが、決定的に違うところが一カ所あるのです。それはマウスと呼ばれる道具で、最近のパソコンでは操作性がとても簡単になるという理由から、キーボードと併用して使うように最初からパソコンに付属しています。ここに付いているボタンがマッキントッシュが1個なのに対し、ウインドウズ95には2個あるのです。この1個の違いは頚損者にとって致命的なほど使い易さに影響を与えます。全く使えないと言っても良いです。ただし、頚損でも指が自由に使える方には何の問題もありませんので、その場合は近くにパソコン使っている人がいたら、その人と同じパソコンにするのが無難です。
私はベッド上にいる時はウインドウズを搭載しているB5版サブノートパソコン(Caravelle AVB5-NTC/8MB,HDD240MB)をオーバーテーブルに置いて使っています。ウインドウズと言っても95ではなく、その前の3.1という古いソフトを使用しています。このパソコンは93年に生産されたものなのですが、パソコン通信とインターネットを利用するぶんには全く支障無く使えています。ウインドウズ3.1というのは非常にデキの悪いマッキントッシュのコピーだったのですが、それはそれでマウスを使わなくてもほとんどキーボードで操作できるという長所が便利で使っています。
車椅子に乗っている時にはマッキントッシュ (LC575/20MB,HDD160MB + 漢字TALK7.5.1)を使っています。マッキントッシュでもパソコン通信とインターネットは利用できるのですが、私は主に写真などを加工する画像処理に利用しています。
マッキントッシュを使用する時はマウスが必需品なのですが、私は指が使えないためにマウスをうまく操作できないので、マウスと同じ機能を持ったトラックボール(KENSINGTON
Turbo Mouse/日本ポラロイド〜写真)というものを使っています。これは構造的にはマウスをひっくり返したような形で四角い土台にはめられている大きなのボールを手で転がすことでマウスを動かすのと同じ役目を果たすようにできています。ボールはとても小さな力で転がるので、腕が動けば楽に使えます。たとえ腕が動かなくても、マッキントッシュならキーボードだけで操作できるよう障害者向けに作ってあるため、何のソフトも追加せずに利用できます。私がマッキントッシュを薦めるのは、このことも理由のひとつです。首から上しか動かない私の友人は、口に棒をくわえて完璧に操作しています。メールを書いたりイラストを描いたり、その結果だけを見る限り、彼が障害を持っていることなど誰にも分かりません。しかし彼は特別な訳ではなく、マッキントッシュはそれほど使いやすいものなのです。
現在、私はインターネット上で仕事をするべく準備しています。日進月歩する技術のおかげで、障害者が障害に関係無く仕事をできるチャンスは確実に広がっています。パソコンを利用しなくても生活に支障はありませんし死ぬ訳でもありませんが、パソコンを持つことで確実にチャンスと選択肢は増えます。ただし、目的がなければ電子メールが便利なだけで、特に無趣味な人がパソコン通信をしてもあまり得るものは無いかもしれません。しかし無趣味ほど健康に悪いものはありませんし、パソコン通信の世界にはありとあらゆるテーマが存在していますから、無趣味の人はパソコン通信を趣味にするのも一案かもしれません。(笑)
(北海道頸髄損傷者連絡会レポート集・1997年)