頚髄損傷者の就労 自分の経験から
小畑昌憲(C5・6、美唄市)
北海道頸髄損傷者連絡会レポート集・1997年
体温調節ができないため、冬場は寒気がして調子が悪くなる事があります。あまり身体を冷やし過ぎてしまうと首が痛み、それがひどくなると頭痛に変わります。通院は2週に1度、薬をもらいに行っています。ポラキス及びアローゼンを常用しており、排尿はセルフカテーテルによる自己導尿です。
日常生活動作はある程度の事(食事・手動車イスの操作・ベッドと車イス、車イスと自動車の間の自力移動など)は何とかこなせますが、食事の支度などはできません。
現在住んでいる家は美唄市の障害者住宅なので仕切の段差はなく、風呂やトイレも車イス使用者用にできています。母親との2人暮らしで、食事の支度などは母親がしてくれています。
退院後、就職を目指して砂川にある『北海道身体障害者能力開発校』に1年間通い、色々な企業と面接をしましたが、就職口は簡単には見つかりませんでした。
なかなか採用に至らなかったのは「トイレを改造していない」「玄関に階段がある」「家から通勤するのに距離があるので、もし何かあったら責任をとれない」などという全て企業側の理由によるもので、「車イスでもいいからせめて指がきけば…」と言われた事もありました。
そんな中、道内4ヵ所に営業所を持つ社員300人の会社が私を正社員として採用してくれました。所属は警備部です。“機械警備モニター監視員”と言って、機械警備(防犯センサーを利用しての警備)をしている建物内で異常があった場合に、モニターに入ってきた内容を巡回警備員(一般従業員)に無線連絡をする、というのが私の主な業務です。
私の勤務体制は週5日のすべて夜勤で、勤務時間は夕方4時〜次の朝8時までの16時間(うち5時間は仮眠)となっています。給与は月平均13万〜14万といったところです。年2回の賞与があるものの、最低賃金のため健常者と比較するとかなり少ないと思います。
通勤には自家用車(手動運転装置・ハンドル旋回装置付きの日産グロリア)を使っています。通勤距離は片道36キロもあり、時間的には夏でも40分、冬は1時間以上かかります。
現在の職場は玄関部分にロードヒーティング付きスロープ、トイレには手すりが付いているのでほとんど設備的な問題はなく、会社の施設内にも段差はありません。
障害者の従業員は全部で6人で、自分と脳性マヒの女の子が1人、その他に知的障害者が4人います。一般従業員の人は障害者と一緒に働く事に最初は戸惑いがあったように思いますが、時間の経過につれて慣れ、今では普通に接してくれています。差別や中傷は今までなかったのでよくわかりませんが、もしあった場合にはその理由を考え、自分の悪い所に注意しながら直していきたいと思っています。
仕事で車イスに座っている時間が長いため、褥瘡には特に気をつけています。できるだけプッシュアップをしてお尻を浮かせるようにしています。また水分をたくさんとり、尿量を多くするように心がけています。今の仕事は勤務時間が長いうえに時間が不規則なので、休みの日には十分に睡眠をとり、できるだけベッドで横になりお尻を休ませています。体調が悪いときは我慢せずに早めに病院に行くようにしています。
これから就職を日指している方に対しては冷たい言い方になってしまうかもしれませんが、頚髄損傷者が就職するのはかなり難しい事だと思います。
自分も3年間ほど「家でできる仕事」を探した経験がありますが、なかなか見つからずに苦労しました。いくら自分から外の社会に出て行こうとしても「企業側の受け入れ体制の不備」「通勤の問題」「健康の問題」…と私たちにはたくさんの障壁があります。
アドバイスにはならないかもしれませんが、今までの私の体験から言えば、今の自分にはどんな仕事ならできるのかをよく考え、「絶対に就職したい」という気持ちを忘れないでいてほしいと思います。また障害者だからと言って家に閉じこもりがちにならずに、積極的に外に出る時間を多くする事も好機を得るためには大事だと思います。