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後縦靱帯骨化症についてのレポート&コラム

(筆者へのメールは
こちらから、「○○さんへ」と明記にて)


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 もしかしたら自分も?…病への不安と恐怖

 KN

 後縦靱帯骨化症は、どうやら遺伝的な要因が強いらしくて、母はすでに認定まで受けています。叔父は治療が遅れたため完全な麻痺状態です。従兄弟も2年前手術を受けて治療を行いました。

 今行っている病院は、どうも治療をする気が無いようでして、2年経っても進行するだけで、何もしてくれないのです。専門知識のある病院を探しております。治療(根本治療)をしてくれる病院を探しています。お心当たりがあるのであれば、お教え願えれば幸いです。

 従兄弟も母も外科手術行っております。改善はしないのですが、これ以上悪くなる事は無いようです。叔父は気が付くのが遅くて麻痺が進んで寝たきりです。

 まずは、ちゃんと現状の病状を確認してからと思っております。可能性は高いのですが、まだそうだとは言い切れません。だからこそ、ちゃんと診断を下せる所を探しております。

 実は叔父が他界して、一族が集まる機会がありまして色々聞いてみました。OPLLと怪しいのも含めて約4名がそうだと思われるのです。母と従兄弟はOPLLで、私はまだ診断が下っていなくて、他界した叔父の症状から恐らくOPLLだと思われます。一族のほとんどは膝が弱く、年齢を重ねると膝が痛んだりする者がほとんどです。次に多いのは白髪、叔母6名のほとんどは白髪です。残りは数は少ないが心臓と糖尿。

 遺伝とは偉大ですね。良くも悪くもいろんな部分で似てくるのが遺伝ですかね。発症率が多くはないが遺伝を考えると倍になるそうです。遺伝で片付けるわけではないが、ちょっと安心しました。自分だけではない事と、私が悪いわけではない事がなんとなく理解できました。

 これからの事を思うとやはり暗くなりますが、それでも完治できなくても、進行は止められる可能性がある事が今の私の希望です。

 とりあえず、MRIなどで診断してもらいました。結果から言うと「OPLLにはいたっていない」という診断結果です。一部にヘルニアが見つかっており、これがしびれの原因ではないかとの事でした。ヘルニアはさほど重症ではなく、頚椎の角度によっては影響が出るかもしれない程度だそうです。

 自覚症状としては、朝起きた時か、長時間仕事をした時に強く感じますので、一応当てはまっている気がします。

 軽度の頚椎ヘルニアが現状の診断です。今ひとつ納得しかねるのですが、MRIの写真を見ても説明には無理はなく妥当な感じです。おまけですが、頚椎の狭さは若干気になる部分はありますが、明らかに問題なほど狭くなっている事はないようです。

 ご心配をかけましたが、軽度なので安心している次第です。一応3ヶ月ごとに診断した方が良いと薦められていますが、仕事が忙しいのでそうもいかない気がしています。とにかく、定期的に行く事になりそうです。それと内科も時間があるときに行こうと思っています。今の痺れは内科的な部分(通風とか?)の可能性も探ってみようと思っています。

 それと叔父は多臓器不全?(ほとんど老衰ですね)で他界しました。頚椎関係の問題に気が付くのが遅くて、晩年約8年寝たきりでした。

 母は寝たきりの状態です、こちらはOPLLの問題もありましたが、俗に言う「ボケ」の進行と運動しない事による筋力低下の可能性が大きいそうです。

 従兄弟は、OPLL対策の手術後は悪くはなっていないそうですが、特に改善は見られないようです。

(北国の頸損かわら版 Vol.36への寄稿から:2008年4月)

 


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 後縦靱帯骨化症・・・階段から落ちて・・・

 IM

 初めまして、道南在住のIMと申します。 なにせこの病気(私の場合)見た目では誰も解らないので、私と同じ悩みや痛みを理解できる人がいるのだろうか?と思い、ネットでこの会があることを知りました。

 この状態の体と共存していくためにも、同じ痛みの解る方とコミニケーションをとるためにも、ケガをしてから今までを紹介させて頂きます。

 ケガをしたのは2004年9月2日のことです。あと5段で下りきるはずだった階段で躓き、床におでこから落ち、額は切れ血が噴き出すのは解っているのですが首から下がまったく動かず、意識ははっきりあるのですが何がどうして体が動かないのかは解りませんでした。元々楽天家の私ですから、すぐ動くようになるわ・・くらいに考えていたと思います。

 検査の結果、頸髄損傷と後縦靱帯骨化症という難病も持っていたことが解りました。2週間経過を見て、少しでも手や足が動くようなら手術をしますと言われ、足の指は比較的早かったのですが手が中々動いてはくれず、10日くらい経ってから動いたので、首から背中まで40cm程骨を縦割りにする手術を受けました。この時、家族には「良くても車いすの生活になると思って下さい。」と言われていたそうです。

 今は歩くことはできますし、だいたいのことは時間をかければできます。重いものを持って歩くこと、走ること、膝を折ることはできません。回復ぶりには病院の先生も「奇跡に近い事です、よほど幸運な人ですね。」とおっしゃいましたが、運がよいと言えばそれまでですが、色々な偶然と周りの人達の想いがあってのことと理解しています。それは、怪我をしたのが日中だったこと、救急隊の人の的確な判断と搬送、良い先生との出会い、先生にも増していつもハードルを高いところに設定しながら一緒に日々を過ごしてくれた担当看護師さん、そして交代で介護してくれた家族、6ヶ月ほどの入院中一人になることがほぼ無く過ごせた心優しい友人達、「仕事に戻りたい」という強い思い、それを叶えてくれようと全面的にサポートしてくれた職場の人達、こんな人々に囲まれて今があるわけです。

 楽天家の私でも、仕事に復帰するにあたってはかなり悩みました。以前と同じペースで普通の人と同じ事はできない事がはっきり解っていたからです。とても不安で自信がなく、気が滅入っていました。 そんな時も「一人で仕事をしている訳じゃないんだし、自分の感性を信じて仕事をしなさい。どうしてもダメだと思ったらその時考えろ。」と励まされ、しばらくは職場の人が交代で送迎をしてくれました。

 それが昨年の3月、もう1年が過ぎようとしています。自分で車の運転もしますし、出張も東京・札幌あたりまで行けるようになり、多少の起伏のあるところも2時間ぐらいは歩けるようになっています。私にとって仕事が薬なんです。

 ただ、全身に24時間1分1秒も休むことのない強い痺れ、痺れと言うよりは痛みが伴うのにはいささか閉口してしまいます。もちろん痛み止めなどは全然効きませんし、睡眠剤を使用しなければ痛くて眠れません。ひどいと動けません。時々放り投げたくなります。きっとどこかに私と同じ痛みを持っている方がいると思うのですが、何かこの痺れが軽減する方法はないものでしょうか?それと自律神経がぐちゃぐちゃなのもやっかいですね。先生は「上手に付き合うしかない」とおっしゃいますができればあまり長くお付き合いはしたくありません。

 自分でもなぜ仕事は休むこともなく出来るのか解りませんが、きっと心と言うか気力の問題なのでしょう。じゃぁ気力が無くなったらどうなるのか?と考えるとゾッとします。仕事柄、人前でお話ししたり、いろんな人に出会えるのも私のような性格の人間には良い薬になっているようです。

 入院中のエピソードや、今の医療に想うことなどたくさんありますが、また今度の機会にします。こんな具合で、今のところ見た目は元気そうなおばさん、で過ごしています。

(北国の頸損かわら版 Vol.30への寄稿から:2006年2月) 



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