はじめての道外旅行・東京ディズニーリゾートへ
近頃の殺伐とした暗い話題の多い中で「こんな事を話題にするなんて」と立ち止まる思いもあるのですが、遅くなりましたが「東京ディズニーリゾートへの旅」の文章が纏まりましたので一応お送りすることにしました。
道北ではまだ雪の残る早い春に、家族と共に車椅子で東京ディズニーリゾートへの旅を体験しました。私達の旅は旭川空港からの出発で、飛行機の出発時刻の1時間前に空港に到着し、(車椅子の乗客は一般乗客より先に飛行機に搭乗する為に)すぐに自分の車椅子と荷物を預けて登場手続きを済ませ、私は航空会社の車椅子に乗り換えました。狭い機内に対応する為に航空会社の車椅子に乗り換えるそうですが、座位バランスの悪い私には硬くて安定感の悪い印象でしたしが、何とかその車椅子を使用する事が出来ました。
今回利用した旭川空港からの飛行機の便は搭乗ゲートが離れていた為、タラップ使用の際も車椅子利用者が係員に背負われることなく、車椅子に乗ったままで搭乗できるリフト付き特殊車両「パッセンジャーボーディングリフト」(PBL)で飛行機に乗り込みました。家族と一緒に空港職員の誘導で外へ出て、PBLの後部からリフトで車椅子のまま車両に乗り込み、飛行機まで少し走行して飛行機に乗りました。(PBLは車両後部のコンテナ部分が機体の乗降口の高さまで油圧で上がり車椅子のままで楽に飛行機に乗り込む事ができる車両です。)この車両(PBL)は強風の時には使えないこともあるそうですが、車椅子のままで楽に飛行機に乗り込める便利な車両でした。
飛行機に乗り込んでからは介助してもらい座席に移動しましたが、予約の際に車椅子と申し出ておいたので最前列の座席が用意されていました。私は自力でプッシュアップが出来ない為、助圧と乗り移りが楽に出来る様に二つのクッションを用意して行きました。機内の座席にもクッションを引いたので、もう一つクションを靴の下に引くことで足が宙に浮いたままにならず楽でした。
羽田空港到着後は、すべての乗客が降りた後に預けてあった私の車椅子が飛行機の入り口まで運ばれ、自分の車椅子に乗り移り乗降口から降りて再度PBL車で空港まで移動しました。
羽田空港からは予約しておいたリフト付きの福祉タクシーに車椅子のままで乗り込み、東京ディズニーリゾートへ向かいました。週末の園内は大変混雑していてト、待ち時間が1時間〜2時間ものアトラクションがありましたが、ディズニーリゾートのホームページで紹介されている車椅子で利用出来るアトラクションを調べて行った事や、ファーストフリーパスを利用したことで比較的スムーズに行動できました。
ディズニーリゾートの醍醐味。のひとつであるショーやパレードは、見やすい場所に車椅子専用の鑑賞席が用意され、パレードが始まる前に園内のスタッフに尋ねると親切にその場所まで案内してくださいました。こうしたサービスは至る所でふれる事ができましたが、お食事をしたレストランで私が持参した自助具用のフォークを「洗ってきましょう。」とさり気なく申し出てくださったスタッフの心配りはとても嬉しいものでした。
私達はディズニーリゾート内にあるオフィシャルホテルに宿泊したので、フリーディーパスポートで園内を出入して休憩を挟みながら無理なく楽しめました。オフィシャルホテルへはリゾートラインのモノレールでベイサイドステーションまで移動し、そこからシャトルバスに乗り換えホテルに戻るのですが、(モノレールはディズニーランド、ディズニーシー、イクスピアリーや周辺ホテルなどを結ぶリゾートライン。)ベイサイドステーションノ各オフィシャルホテルのシャトルバスのターミナルがあり、そこからシャトルバスでホテルに戻ります。
そのバスは随時スロープを乗車口の下から引き出して、車椅子の乗客から先に乗車させてくれました。降りる時は逆に一般乗客が降りた後にスロープを引き出して降りました。スロープは運転手が手で出し入れして随時準備してくださったのですが、女性の運転手の場合でも力の要る面倒な作業にもかかわらず、何度車椅子で乗車しても「いってらっしゃいませ。お帰りなさいませ。」とやさしく声を掛けながら親切に介助してくださいました。
アトラクションは障害の状況に応じて体験できないものもありましたが、ディズニーリゾートの壮大なスケールや夢とロマンのエンターテーメントも然ることながら、スタッフの方々の人をもてなす丁寧で温かな姿勢には特に脱帽する思いでした。
さて、私達が今回利用したディズニーリゾートの旅はHBCトラベル(本社:札幌市中央区北三条西二丁目 011−221−8899)「バリアフリーツアー」のツアーです。タクシーの手配もお任せで、ホテルもハンディーキャップルームを用意されていました。ツアー料金は日程にもよるのですが、普通のツアーよりも割高でした。普通のツアーでハンディーキャップルームを希望したり、個人的にタクシー会社にリフト付きタクシーを予約して送迎してもらえば、あえて「バリアフリーツアー」でなくてもよいのではと体験して思いました。ちなみに、私達が利用したタクシー会社はライオン交通でした。2泊3日の旅で1日目・2日目はディズニーリゾートで遊び、3日目はお台場のビーナスフォートで買い物をしてきました。タクシーは空港への送り迎えとお台場への送迎をお願いしました。
東京ではちょうどその頃桜の開花宣言が出されていましたが、機内の案内では東京周辺モの天候は晴れ時々曇り、最低気温3℃最高気温20℃と寒暖の差が激しい日でした。ディズニーリゾートでは屋外の行動も多いので天候に恵まれた事はラッキーでしたが、それでもポカポカ陽気の日中とは打って変わり夜のショーやパレードの時はたいへん冷え込みました。
私達家族にはたくさんの不安や期待を抱えながらの車椅子でははじめての道外旅行でしたが、特に大きなトラブルも無く思い出に残る楽しい旅になりましたし、また一つ新たな可能性の広がる旅でした。
2002年 春にて・・・
(2003年4月、北国の頸損かわら版への投稿から)
2003年冬・最近のプチ幸せ
次女の成人式の振袖姿の髪飾りに纏わるパソコンでの嬉しいエピソードを聞いてください。
不自由な母親でも娘に出来るだけの事をしてやりたくて、成人式に装う娘の振袖を選び、それに似合う髪飾りを見付けたくて、(探し歩きづらい私は)インターネットで髪飾りを探したところ、ふたつの素敵なアートフラワーのショップと出会いました。どちらのショップも、主に花嫁さんのブーケを作って販売されていています。
ひとつめのショップでは、最初の注文ではお花のパーツだけの販売を断れてしまったのですが、(本来、私が不自由な事はお話したく無かったのですが)やむを得ず「車椅子で髪飾りを探し歩くことが不便なので、お花を分けほしい」とお願いしたところ、その方は優しく立ち止まって私の願いを聞いてくださった他に、見ず知らずの娘にお祝いのブーケまで贈ってくださいました。
wedding
flower atelier Bouquet Galerie ブーケギャルリー
上記サイトの左下に記載されているコラムを開くと、「優しい神様」と題した私との経緯がコラムに紹介されています。
そしてふたつめのショップでは、ひとつめのショップでの注文を断られてしまった時に(再度状況を説明しても、お花は買えないかもしれないと言う不安から)慌てて次のアートフラワーショップを探してお花のパーツを注文しました。
後で最初のショップでお花を分けていただける事になったのですが、どちらのショップもせっかくOKしてくれたのだし、どちらかはお部屋に飾っても良いからと思い、私はふたつのサイトからお花を買うことにしました。ところがふたつめのサイトからは、アートフラワーの花の素材を振袖姿の髪飾りや帯に使うのははめての試みで、私のアイデアに興味をしめしてくださり(もちろんこのショップへは、私が不自由な事はお話していません。)アートフラワーを髪や帯に飾りつけた娘の写真を見せて欲しいと頼まれました。そこで、写真館での前撮りには一つめのサイトから取り寄せたアートフラワーで髪を飾り、いただいたブーケを抱えて写した娘の写真をお礼状に印刷して送りました。
そしてふたつめのサイトからのアートフラワーは、成人式当日に髪と帯に飾り付けてデジカメで写真を写してメールで送りました。するとふたつめのサイトから、娘の振袖姿の写真をアートフラワーの使い方で紹介したいのでホームページで使わせてほしいと頼まれたのです。
アートフラワー・フラワー雑貨のギフトショップ Pistil
上記のサイトのオーダーメイドウェディングアイテムのページに、娘の振袖姿の写真が掲載されていますので、良かったらお暇な時にでもサイトを開いてご覧になって見てください。
娘は素敵に活用されている写真を見て、「これって日本中、いえ世界中の何方が見てくれるんだよね。」ふ〜ん「何だかくすぐったい気分だわ!!」と喜んでいます。
こんな風に人と出会えるなんて嬉しいです。今でも、どちらのサイトの方ともメールの交換や特産物を送ったりして交流しています。パソコン暦の浅い私は、ネット上での買い物の経験も少なく、正直なところちょっとビクビクのインターネットショッピングでした。不自由な体でも、可能性を信じて役に立つ事を見つけたいと始めたパソコンですが、外出が困難な私にも簡単に願いが叶う便利な機械だと思う反面、パソコンの機能を理解しきれていないだけに掴みきれない怖さがあります。
通り一遍の出会いでもご商売は成り立つ時代なのに、ネットを通じてこの様な温かな出会いがあるなんて思ってもみませんでした。当初は少し使えれば・・・と思っていたパソコンも、今では私の生活の一部です。これからもボチボチ私なりの歩幅で、もう少しレベルアップをしていきたいと思っています。
気が付くと、男性には無縁のとても長いお話になってすみません。パソコンを通しての嬉しい話題だったので・・・。最近の私のプチ幸せでした。(2003年節分)
(2000年5月、北国の頸損かわら版への投稿から)
「2000年春の交流会&頸損フォーラムに参加して」
このたびの交流会でも川原さんご夫妻には、たいへんお世話になりありがとうごいました。川原さんも重度の障害者でありながら、この会を重ねるたびに参加者も増え、会場の設定やお料理の段取りなどと、何かとご苦労の多い中、その都度、さまざまな創意工夫や気配りで、常に参加者を楽しませていただけることを本当に有り難く思っています。そしてそんなご主人を、いつも影に日向に甲斐甲斐しく、一生懸命お手伝いくださる川原さんの奥様には、心より感謝申し上げます。それから菅原さんには、いつもこの会を楽しく盛り上げてお手伝いいただき、今回のフォーラムの司会のお務めもありがとうざいました。
フォーラムで「自立生活」の実体験をお話しくださった高山さん、紺野さんも、興味深いお話をありがとうございました。重度の障害者でも、今現実に多くのサポートや制度の組合せにより、1人暮しが可能だということを知ることができましたし、自立生活支援センターの存在や、ガイドヘルパー制度や全身性障害者介護人派遣事業やヘルパーの自選の制度などを知ることができ、たいへん参考にりました。
今は在宅で暮らす私も、いつ家族や介護者が世話の出来ない状況になるかも知れず、何の保障も無い中で、施設の入居だけではなく、こうした生き方の選択もあることは大きな励みになりました。重度の障害者の方々が「自立生活」を実際に実現できる迄には、多くの苦難や難関、制度の確立にも大変なご苦労があったことと思います。又、私達当事者がそうした制度を利用することが、制度の改善や持続に繋がると思いますし、今は制度を利用できなくても、制度を知ることから始まるとも思います。
これからも益々、より多くの障害者がさまざまな制度や協力、色々な機関を利用しながら、自らの意志で自らの選択により、自由で豊かな生活を、楽しみながら暮らせることを願っています。
今回の交流会も皆様のおかげで、楽しく和やかに過ごせましたことを、主人共々心よりお礼申し上げます。そして、また皆さんにお会いできる機会を心待ちにしています。
窓の外へ目線を転じれば、今朝まで降り続いた雨で、庭の草木はひんやりとした濡れ緑。咲きかけのリラの花が、涼しい風をはらんでゆれています。爽やかな初夏の陽気で、私も半袖のTシャツに衣替えしました。過ごしやすい季節になりましたが、お
体大切にお過ごしください。
(2000年7月、北国の頸損かわら版より転載)