療護施設における頚髄損傷者の生活
柴崎 茂春(C4・5)
私は第4・5頚髄損傷による重度の四肢麻痺で、日常生活には全介助を要する。この原稿は左手首に装着した補装具と口にくわえた棒でワープロのキーを打って書いており、同様にして本を読む事ぐらいは出来るし、ベッド上では環境制御装置(呼気スイッチ)が使えるので、テレビ、ビデオ、コンポ、扇風機、電動ベッドの操作等が行える。電動車椅子は手首に装着した補装具でレバーを動かして運転している。
糖尿病薬の内服を受けてはいるが今のところ身体状況は良好で、褥瘡やその他のトラブルはない。体調を維持するために食事、運動、睡眠、そして水分を充分に取るように心がけている。
現在の私の生活場所である身体障害者療護施設は、地方の中核都市のJR駅よりタクシーで30分程の場所にあり、鉄筋コンクリート平屋建で周囲に農家が散在しているだけという縁に囲まれ自然に恵まれた環境にある。
定員は80名(ショートステイ8名)で、入所の要件は満18才以上満65才未満で身体障害者手帳を有し、更生相談所の判定を受け入所基準に該当すると判断された人という事になっている。
現在入所している頚髄損傷者は、男性6名、女性2名(電動車椅子使用者は4名、手動が4名)で、うち食事介助が必要なのは私だけである。
主な年間行事として花見(5月)、1泊旅行(6月)、夏トまつり(7月)、夜の街散策(8月)、ドライブ(10月)、コミュニティ・フェスティバル(12月)などがあり、サークル活動としてオセロ、麻雀、七宝、手芸が行われている。
1人部屋8室・2人部屋10室・4人部屋13室及びショートステイ専用室4床2室があり、テレビ・冷蔵庫・電動ベッドが備え付けられている。居室ではあまり大きな物や個人用電話の使用が禁止されている。
スタッフは看護婦4名、介護員32名、介助員2名で、早出2名(6:30〜15:00)、日勤13名(9:00〜17:30)、夜勤4名(16:30〜9:00)という体制をとっている。月曜日・木曜日は、入浴日のため3名程多い。他に洗濯専門の職員が3名いて、入所者80名分の洗濯を毎日行ってくれている。
大まかな1日の流れは、起床 6:00、朝食 7:20、体操・リハビリ 9:10、昼食 11:30、クラブ活動・入浴 13:00〜16:00、夕食
17:00、消灯 21:00で、体位交換は18:00、21:00、0:00、3:00と決められている。
私は毎日10時頃車椅子に乗せてもらい、15時に降ろしてもらう。その間に読書、運動、散歩等をする。私の場合、平日・休日の違いはない。
ベッドから車椅子への移動は介助者1、2名で行うが、その時間は入所時に決められ、私の場合は入浴日以外の10時〜15時までとなっている。
私のように自分で移動する事ができない重度の人に電話がかかってきた場合には、寮母室に備え付けの無線電話をベッドまで持って来てもらい、ヘッドホンを付けて話をするようになっている。電話が終わったらコールを鳴らして寮母(介助者)さんを呼び外してもらう。急用で電話をかけたい時には、寮母さんにベッドまで受話器を持って来てもらう。
通院は月に1度、近くの総合病院に膀胱瘻のカテーテル交換に行く。入院が必要な場合にも同病院を利用する。
毎週火曜日に近所の商店の人が車で食料品を運んで来るので、好きな物を買う事が出来る。その他の物が必要な時は、購入希望として指導部に申し出ると、デパート、電気店、薬局等が届けてくれるようになっている。
月曜日・木曜日が入浴日になっており、私のような重度の人は寝たまま入る事の出来る特殊浴槽(ストレッチャータイプ)を利用し、介助者6名で洗体、洗髪、洗顔等を行う。軽度の人は車椅子ごと温水プールに入り、そこから出て洗体等を行う。
毎月2回(第1・第2火曜日)理容室の出張サービスがあるので、そこで散髪をする。その他に毎月1回、美容の日というのがありパーマをかける事も出来る。
園の敷地内以外への外出には外出届けの提出と1名の付き添いが必要で、民間ボランティアによる個人的介助が禁止されているため、外出時の介助には兄弟、友人、そして家政婦さんに来てもらう事にしている。
施設のリフトバスが利用できるのは、通院、ショッピング(年1〜2回)、夜の散策(年1回)、1泊旅行、施設見学等の行事に限られているので、私の場合は福祉タクシーを利用するか、兄弟・友人の車の助手席に乗せてもらうかしている。ただし、リフト付タクシーは市内に1台しかなく(タクシー会社所有)、2週間〜1カ月前に予約する必要がある。私の外出は買い物目的が主で、駅前のデパートに行く事が多く、大体10時頃に出かけて16時頃には帰って来る。
入所中の費用は、本人及び扶養義務者の収入に応じた自己負担と公費によって賄われるという事になっており、人によってまちまちである。施設と契約している銀行に口座を作り、そこへ家族から送金してもらう。指導部が一括して通帳を預かり金銭の管理を行っており、必要な時におろしてもらう。
個人的な意見としては、施設へ入るのは最後の最後で良いと思う。すべて時間通りに進められるため、毎日同じ事の繰り返しで変化がない。楽といえば楽だけれども、やはり味気ない。
「今日はいつもと違う事をしたい」と思ってもそれは出来ない。寮母さんの人数にも限りがあり、最小限の事しか頼めないのが現状である。
私達頚髄損傷者は、頭がしっかりしているだけ遠慮もするし、納得がいかなければ文句も言うし、喧嘩もするし、寮母さんから見ればけむたい存在だと思う。
こちらへ来る前に、東京の福祉センターの人から「施設へ行ったら、自分の身体は自分で守るしかない」と言われた事がある。入所して数年を経た今、「本当に困った時でも誰も助けてはくれない」という事を実感している。
時々、「自分はここで一体何をしているんだろう」と思う事がある。在宅で暮らせる環境にある人は、可能な限りそこで生活した方が人間らしく毎日を送る事が出来ると思う。
(北海道頸髄損傷者連絡会レポート集・第1集〜1997より転載)