report & column



 家の新築と生活の変化、上腕三頭筋再建術などについて

 田中茂城(札幌市)


北海道頸髄損傷者連絡会レポート集・1997年



現在の身体状況

 残存機能はC5のB。尿排泄は膀胱瘻。アレルギー体質でアトピー性皮膚炎と喘息持ち。首を折って呼吸困難になったので、人工呼吸器を付けるために気管切開をした。その当時は喘息発作がひどかったので痰の吸引器からなかなか離れられず、気管切開部を閉じるのに3年近くかかった。呼吸が苦しく特に起立性低血圧がひどかったが、今は予防薬のおかげで発作も治まって楽になった。現在は足の裏の傷と顔がちょっとかゆいのが気になる。

 食事や歯みがきは、手の届く位置に自助具とフォークなり歯ブラシなりを置いておきさえすれば手に付けて自分でできる。飲み物はオーバーテーブルの上に置いてストローで飲んでいる。明かり(National)や電動ブラインド(TOSO)などリモコン付きのものは自分で操作でき、電話はPANASONICの手ぶら機能付きコードレスホンを使っている。話はよく聞こえるが相手方には少し感度が悪いらしい。


 車椅子での自力移動は、平らで抵抗が少なければ人が歩くスピードくらいで進める。アスファルトはちょっとつらいし、段差や勾配があると無理。車椅子に座った状態で尿バッグ(BARD, Dispoz-a-Bag NJ07974〜800ccぐらい入る)のオシッコをトイレに捨てる事ができるが、バッグをはずして洗う事はできない。その他生活に必要な事には全て介助が必要。


上腕三頭筋再建術 Moberg Technique について

 自分でできる日常の動作を増やしたかったので、91年の12月に両腕ともに手術を受けた。この手術は“三頭筋の再建により重力に抗しての肘の自動伸展や空間での保持が可能となる”というもので、肘正中部と剥離した三角筋後部筋リに摂取した大腿筋膜張筋腱を固定する。ギプスシーネにて6週間固定の後、伸展訓練を開始する。

 術後左腕は伸ばせるようになった。右の方は麻痺が強いのでダメだったのだと思う。肩甲骨がお互いくっついてしまうほどグラグラなので土台が悪く、左腕にしても力がうまく伝わらない。傷は腿に30cmぐらいで肩と肘に10cm前後つく。術前にできた動作ができなくなったというのはない。寝た状態で布団をはぐるなどそれまで痙攣を利用して行っていた事を左腕で楽にできるようになった。僕の場合、新たにこの動作ができるようになったというのはなかった。


介助者・介助体制

 介助者は家族で、介助サービスは利用していない。父親と妹は仕事の時間が不規則なので、入浴など2人必要な事は都合のつく時に済ませる。僕以外は皆仕事があるので、夜にトイレや風呂に入る事が多い。入浴は週2回から3回ぐらいで、シャワーチェアに座って洗ってから浴槽に入る。そのうちリフトを買おうと考えている。(入浴用のリフトはいいのが出てから買おうと思って買わなかったが、相変わらずパッとしたものがない)


住居・設備

 普通の住宅街のわりと静かな場所にあり、地下が車庫でその上が2階建てになっている。土地が狭いので効率よくスペースをとれるように設計してあり、トイレと風呂はできるだけ広くした。2階に自分の部屋とトイレ、風呂があるので油圧式のエレベーター(National)で移動をしている。このエレベーターは出入り口に段差ができやすいという欠点があるけどとても便利だ。エレベーターを降りて車庫に行き電動シャッターを開けて自分で外に出られるようにしたのだが、エレベーター出口に改めてスペースをとりたくなかったので、廊下や玄関などと出口を共用できるようにして無駄なスペースをなくするように考えた。

 設計と建築に関しては、設計士にしろ大工にしろ障害者の事などまるでわかっていないので意思の疎通に苦労した。「わかりました。」と言っても全然違う形になっていたりした。あと車椅子マークのいかにも障害者住宅という家にはしたくなかったので、自分の身体や家族の使い勝手を考えたうえでなるべくシンプルに普通の住宅っぽくなるよう気を配った。洗面台や浴槽なども障害者用となると見栄えも悪いし値段も恐ろしく高くなるので絶対に使いたくなかった。普通に売っているもので使えるものを探すのに苦労した。家具で医療用品なのはパラマウントの電動ベッドくらいだと思う。

 エアコンはどうも好きじゃないし必要ないと思いやめた。でも1人で家にいる事が多く、体温が上がってしまうとけっこう大変なので近々取り付ける予定。親も年をとってくるので、もう少ししたらロードヒーティングを考えようと思っている。

 昼間はほとんど1人でベッドにいるので、その時に友達が来ても入れるようにベッドの脇にテレビドアホン(SANYO)と電気錠のスイッチを付けた。相手の顔を確認してから話せるので、勧誘などが来た時の居留守に重宝している。また部屋で友達と遊んでいて夜遅くなっても帰り際に僕をベッドに上げて寝る準備をしていってくれるので、親を起こさなくても電気錠を掛けて眠る事ができる。僕も友達もゆっくり遊べるようになった。ただ、カメラの位置を立っている人間に合わせると車椅子の人間が写らず、逆だと立っている人間の顔が写らない。仕方ないので車椅子に乗っている友達には写るようカメラの前で手を振ってもらっている。


 1人きりで過ごす事に対して工夫らしい事は特にしていない。ベッドにいてもパソコンを使えるようにしたり、本を手元に置いておく程度。読書には書見台(上図)を使っている。入院時にOTの学生が作ってくれたのだが、自分で本の交換ができなかったため作り直した。透明で弾性のあるプラスチックに表紙を挟み、上に付いている棒で本が閉じないよう引っかける。雑誌などでは必要ないので文庫本など小さい本を読む時に利用している。


イレクターの活用

 何につけ医療用品は高すぎるのでオーバーテーブル、シャワーチェア、あとテーブルもイレクター(矢崎化工製〜ホームセンターなどで売っている)で作った。何万円もするものが数千円で済む。ただ、見た目がちょっと安っぽくなる。

 テーブルでは油絵を描くのでどうせ汚してしまうからと思いイレクターで作った。やはり安っぽくなってしまったが、自分の身体に合わせて作ったのでとても使いやすい。

 オーバーテーブルはベッド上でパソコンを使えるように奥行きと剛性をとってパソコンを置いた。キャスター付きのオーバーテーブルなので向きを変えると車椅子に乗っている時でもパソコンを使える。パソコン台とオーバーテーブルを兼用にできたので場所を取らずに済んでいる。

 まず必要なサイズを計り、部品表を見て「これとこれ」と言ってパーツを買って来てもらう。作るのは父。自分でやれない分イライラしながら見ている。最初は部品もよくわからずややこしいが、1度作ると要領もわかるので楽になる。1時間位ででき上がると思う。自分で使う物なので、何が必要でどういうふうに使うかなどのイメージはすぐに湧いてくるし、簡単に作る事ができるので随分役に立っている。作らされる方は面倒くさそうにしているけど。

 シャワーチェアは退院の時に担当のOTと相談しながら作った。とにかくトイレで排泄したかったのでトイレのサイズに合わせて作った。ネジをゆるめ背もたれの後ろの横棒を上下に移動する事によって背もたれの角度を変えられるように考えてくれた。座っただけでは体がフラフラするので、背もたれの後ろに腕を引っかけられるようにした。挫骨部に重さがかかり過ぎぬよう少しへこませ、背もたれと座面には交換しやすいよう風呂用マットを切って使用した。トイレの後に風呂に入るので50分ぐらい座っているがお尻は何ともないようだ。


自己管理

<褥瘡予防>
 右足の裏の小指の付け根あたりに褥瘡を作った事がある。右の足首が固いので重さが集中してかかったようだ。1×2cm、深さ1cmぐらいで手術をした。今はそこにタコのようなものができている。

 ベッドではお尻の部分にベッド用のROHOクッションを1枚敷いているが、それだけでは上下に段差ができるのでベッド用の安いマットを切って敷いて平らにしている。家族が皆出かけるので体交は朝1回だけにしており、ずっと仰向けになっているので朝家族が起きるのに合わせて1時間ぐらい横にしてもらうだけ。仰向けの時はベッドの上げ下げと、ベッドの冊を使って少しお尻を動かせるのでそれらで除圧している。

 車椅子にはROHOの100mmを使い5時間から12時間ぐらい乗っている。プッシュアップができないので、キャスター上げの要領で後ろに倒してもらって除圧をする。ウレタンクッションを使っていた時は1時間ぐらいでお尻が赤くなったが、ROHOでは8時間ぐらい何もしなくても平気になった。ドンと置いてラフに使えるので車の助手席に乗った時なども使っている。フワフワするがお尻の収まりは良く安定感も悪くない。ウレタンの時は友達に除圧してもらいながら遊んでいたためお互いあずましくなかったけど、ROHOに換えてからは遠出も気楽だし、頭の中がお尻の心配でいっぱいという事もなくなった。自分の行動を制限する事をひとつ減らしてくれた。

<排泄>
 今まで膀胱結石摘出を3回しているので、なるべく水分を採って尿を多く出すようにしているが、おなかをこわしやすいたちなのでその兼ね合いで苦労している。下痢をしてしまうと“落ち込みモード”に入ってしまうので気をつけている。特に変わった事はしていないが、ここ何年かは石ができずに済んでいる。膀胱瘻部の処置は風呂に入った後で母がしている。膀胱洗浄はしていない。カテーテル交換は2週間おきに病院でしてもらっている。シリコン腎盂カテーテルの18番を使っている。

 排便は2〜3日に1度、座薬(レシュカルボン)を使っている。シャワーチェアに座ってトイレでしているが、腹圧がかかるのかベッドの時よりもスムーズに出るようだ。

<体温、血圧のコントロール>
 特に変わった事はしていない。今は起きてる時間が長いので血圧も安定している。体温調節は暑すぎる所、寒すぎる所に長く居ないようにするしかない。


移動、外出

 外出は通院の他にたまに遊びに出るくらい。ベッドと車椅子間のトランスファーは上半身と下半身を2人で支えてやってもらっている。天井走行リフトで見た目にも気にならないのもあるので住宅建築時に取り付ければ良かったと後悔している。

 車はトヨタのタウンエースをそのまま使っており、2mのスロープで後ろから乗っている。バイクを車で運ぶ時に使うフック付きのベルトをバイク屋から買って来て(たしか4本で4千円ぐらいじゃなかったかと思うがはっきり憶えていない)、車と車椅子に引っかけて前後2個所ずつ固定している。車椅子のまま乗るわけだけど乗り心地は非常に悪い。かなり揺れるので車椅子にしがみついていないとブレーキ、加速、カーブを曲がる時など車椅子から落ちそうになる。ちょうどイヤなところにマンホールがあるので跳ねたりもする。遠距離の場合は後ろのシートに座らせてもらっている。使える車の出現を待っている状態。


趣味

<油彩>
 絵を描き始めたのは入院中に担当のOTに勧められて。絵を描くのは中学生の時の美術の授業以来の事だった。障害者になってしまうと周囲の人達から絵を描けだの詩を書けだの生き甲斐を見つけろとまで言われるハメになる。言ってくれているのだという事はわかるけどかえって出鼻をくじかれる。そんな訳で絵を描くなんて面倒だと思っていたのだが、その時に楽しかったので今でも続けている。

 揮発油のせいかどうも顔がひどく荒れてしまうので、窓を開けっ放しにできる夏場だけ描いている。手首を固定できる自助具にクリップで筆を装着して描く。使うものをテーブルに用意してもらって、後片付けもしてもらって、なのでどうも始めるまでがおっくうになってしまうのだが始めてしまうと楽しい。川が好きなので川の絵ばかり描いている。

 これはあくまで趣味の中のひとつ、というところなので楽しめればそれでいいとしか考えていない。発展させようとも今は思っていない。

<テレビゲーム>
 もともとゲームはあまり好きな方ではなかった。たまたまファミコンをもらったのでシミュレーションゲームをやってみたらなんだか楽しかった。ゆっくりとしたゲームはどうも性に合わず、せっかちなゲームをやってみるとやりようでできるのでハマッてしまった。自助具もいらないし用意も自分でできるし、今ではどんなゲームでも普通の人並みにこなせる。あまりに能力に差があると友達も気を遣ってしまうが、五分五分だとお互い熱くなれるのでとても楽しい。

 このような身体になると友達が来た時に「とりあえず遊ぶか」でできるものが本当になくなってしまう。話をするだけでは入院時と同じだしお見舞いに来てるみたい。そこに酒が入るだけ。それだけでは友達と遊ぶ機会も減ってくる。学生の時からの友達や脊損の友達など皆で昔ながらにワイワイやっている。ただ単に楽しみがひとつ増えただけだが自分にはとってもいい。

 ゲームというと鼻で笑われたりなど偏見が多いけど…勝手に言ってれという感じ。


まとめ

 今の家を建てる前は父親の関係の社員住宅に住んでいた。入り口に階段がある、トイレは使えない、風呂は狭い…と介助者が大変だった。部屋も狭かったので車椅子に乗っても身動きが取れなかったが、今は動けるので乗っている時間もかなり増えた。介助者と自分の負担もかなり減ったと思う。トイレや風呂がスムーズに済むのは精神的にすごくいいし、外にもすぐ出られるので外出が苦ではなくなった。

 家族は皆働いているし僕は働いていないので皆のサイクルに合わせての生活になるが、それぞれプライベートの時間が増えた事は大きい。家の中をちょろちょろできるので、ごはんの時はテーブルで、歯みがきは洗面台を、排泄はトイレ、というようにベッド以外で日常動作ができるというのがいい。ベッドで過ごすなんて寝る時くらいにしたいものだがなかなかそうもいかないものだし。

 自分も親も年をとってくるし、これからが大変になるので先の事は不安だらけ。悪くなる分にはいくらでも考えられるのでちょっと書きようがない。何か収入になる事をしたい。それが目標。




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