病院との連係を基本とした私の生活環境
田崎 禎二(C4・5)
北海道頸髄損傷者連絡会レポート集・1997年

家を建てようと決めた時から病院のスタッフの方々が色々な面からサポートしてくれました。まず最初に土地ですが、これは病院から車で30分以内の所に探す事にし、それは1ヶ月程で決まりました。近くに大小3つの公園がある住宅地です。次に設計施工、福祉機器の選択、設置個所の検討となりました。家の設計施工に関しては私の兄が建築会社に勤めていたのですべてを任せたのですが、障害者住宅のノウハウがなかったためOTの先生の紹介で実際に住宅を建てて退院した方の家を訪問させていただいて話を聞いたり、モデル住宅の見学をしたり、福祉機器の展示場へ足を運んだりしてデータを集めてくれました。そして家族、業者、OT、PTの先生を含めて計5回のプランニングの結果、設計図もまとまり家の建設の着工となりました。
家が完成するまでの間、退院後に必要な医療行為やリハビリの訓練などについて病院で指導していただきました。まずPTでは肺活量の訓練としてスーフルと肺理学の講習、自分で外出出来るようにチンコントロールによる電動車椅子の練習とそれを運転する際に必要な首の筋力をつけるための訓練、OTではパソコン(NEC-PC98)を持ち込ませていただいて使い方の練習をしたり、カタログによるバスタブや電動ベッドの選択などを行いました。
また環境制御装置(メディケアR-508S)は、業者の方を呼んで実際に病院内で環境制御装置を使わせていただいて機種を決めました。金額は498,000円で公的助成はありませんでした。電話(NTTシルバーホンふれあいS)、インターホン、玄関の鍵、電動ベッド、テレビ、ビデオ、ラジカセ、室内灯、電動カーテンなどを呼気センサーで操作しています。
看護婦の方からは体交、排便、排尿(導尿を含む)、気管切開部の消毒の仕方、床ずれになった時の処置方法、サクションの方法など、退院後に必要になると考えられる医療行為の方法と緊急時の対処の仕方を指導していただきました。特にサクションと導尿については、母が朝の9時から午後3時頃まで毎日病院に通い指導を受けました。
この他にも栄養士による食事の指導があり、またソーシャルワーカーからは様々な公的援助を受けるための手続きの指導や介助ボランティアの紹介をしていただきました。


退院するにあたって最大の問題となったのは、喉に入れているカニューレをどうするかという事でした。以前、私の希望で1度カニューレを抜いて気管の穴を塞いだ事があるのですが、肺炎を起こし自力による排痰が出来なくなってしまったのです。その時はサクションのためのネーザルを入れようとしても入らず、気管にサクションの管を入れようとしてもなかなか入らない状態になりました。それで仕方なく再び気管を切開した経験が過去にあったので、今回はカニューレを抜去せずに退院する事に決めていました。
ただし、気管を切開したままの退院には入浴時に気管に直接水が入らないようにするためにはどうしたら良いかという事や、消毒やカニューレ交換及びサクションをどうするかという問題がありました。そこで入浴時にはカニューレの回りにYガーゼを巻き、その上からビニールシートを張り付ける事で水が流れ込むのを防ぎ、消毒は病院の方から消毒薬を出してもらって毎日家族の者が行うようにしました。サクションは母が、カニューレ交換については2週間に1度医師に往診してもらい開口部の検査とカニューレ交換を行う事とし、排痰に必要な最小限度のカニューレ(ミニトラック)に換えて、家庭用電源で使う事の出来る吸引器と加湿器を家に用意しました。吸引器は新鋭工業株式会社のミニックDAC-700で、これは自費で購入しました。15万円程度だったと思いますが、公的助成はありませんでした。メンテナンスは故障も含め代理店が行い、またオール電化住宅であるため、停電時には北電がコンプレッサーを持って来てくれる事になっています。
あとは介助者の練習によって全て心配なく行う事が出来るようになり、平成6年12月21日に退院となりました。退院直後から医師の往診や看護ステーションによる看護婦やリハビリ(OT)の先生の派遺などの医療的なバックアップを始めていただきましたが、今では気管を開けてきた事でかえって安心して生活を送られているように感じています。
気管を切開したまま退院する頚損患者の場合には、本人は勿論の事、介助者にかかる負担が非常に大きくなります。またそのための家の改造や福祉機器の購入など、高額の費用がかかります。その辺の事をふまえたうえで介護計画や資金計画について考えなくてはなりませんし、医療的な問題や介護体制の確立などの問題に対しては、本人、家族、介助者、医療機関、福祉サービス機関の人達が一体となった自宅退院のためのネットワークが必要だと思います。
いざ退院はしたものの家に帰って来たからといって別にしたい事もなく、段々昼と夜の生活が逆転するようになり、食事もまともに摂らず入浴もしない、そんな生活をしているうちに家族との折り合いも悪くなっていきました。

そんな生活が3ヶ月程続いた頃に風邪をひき、再度入院する事になりました。風邪の治療が必要だったのは勿論なのですが、家で不規則な生活をしていたためにそれまで問題のなかった排尿が出来なくなり、導尿をするにもカテーテルが入らないという状態になってしまったのです。仕方がないので風邪が治ったあと泌尿器科の病院に転院し、膀胱瘻の設置手術を行う事にしました。自分の体に新たにカテーテルを入れる事には大きな戸惑いがありましたが、今になって思うと1日に3〜4回も導尿をする必要もなくなり、私自身の苦痛や介助者の苦労など排尿管理の面で大変楽になったと思います。使用カテーテルは14Fr、管理としては飲水量に注意しているだけで膀胱洗浄はしていません。1日3リットルの水分摂取を目標にしています。カテーテルの交換は1週間に1度で、往診時に医師が行います。排便は1週間に2回程度、介助は母が行い、座薬と浣腸を併用しています。野菜(根菜物)中心の食生活を心がけています。
体位交換は1日4〜5回、4時間に1回程度です。夜間は21時〜8時までの間に1回体交します。車椅子乗車時間、座位持続時間は5時間程度にしており、車椅子使用時には80mmのプロテイドを、ベッドではエアマットを使用しています。
およそ1ヶ月後、風邪も治り膀胱瘻の設置も終わって再び退院してきた私に、病院のソーシャルワーカーの先生がこれまでの生活のあり方を心配し、もっと外の人とのコミュニケーションをとり介助者の負担が少なくなるようにと3つの手続きをしてくれました。ひとつは訪問へルパーによる入浴介助サービスで、現在は週に2度サービスを受けさせていただいています。もうひとつは社会福祉協議会による学生ボランティアの紹介です。毎週日曜日には身の回りの世話をしてもらったり散歩の介助をしてもらったりと、私生活の行動範囲が広がりました。最後に紹介されたのは障害者の人達が働いている小規模作業所で、そこで何か仕事をしてみてはどうかという事でした。ただこの話に対しては果たして自分に出来るのだろうかという戸惑いがありました。でも実際に話を聞かせてもらうと、私の能力に合った程度の仕事(書類の手直しなど)でよく、しかも在宅で出来るという事だったので、時々仕事をさせていただくようになりました。
こうして現在では医療関係者をはじめ、札幌市の訪問ヘルパー(入浴介助・週2回で1回2時間程度)、学生ボランティアと1過間のうち5〜6日は家族以外の介助者の手を借りながら生活をしています。医師、訪問看護婦、OTは各々週1回ずつ自宅まで来てくれています。医師は気管切開部のカニューレ交換と膀胱瘻のカテーテル交換など、看護婦はバイタル確認と全身の検査、OTはROMと環境整備を行います。費用的には医師は交通費(約60円程度)のみ、看護婦・OTの訪問費は約1200円程度です。ただし、看護婦とOTはこれとは別に月に1度5000円ほど必要です。
冠婚葬祭などで家族が外出しなければならない時には、病院のショートステイを利用しています。散髪は出張サービスをお願いし、自宅まで来てもらって行っています。現在の介助体制に特に問題は感じていません。
今後の生活についてですが、私自身退院してきてまだ3年目ですので色々と模索中です。夏場は外出を中心とした生活を、冬期間は小規模作業所などから仕事を回してもらいながらコンピューター作業を中心とした生活をしていきたいと考えています。