report & column

タカハシユキコさんのレポート&コラム

(筆者へのメールは
こちらから、「タカハシユキコさんへ」と明記にて)


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 友達になってもらえたら嬉しいです。

 (北国の頸損かわら版 Vol.35への投稿から:2008年6月)
 

 はじめまして。道東○○町に住んで居る高橋といいます。友達が出来ればと思い、私達夫婦の事を書かせていただきます。退院して自宅で2人で暮らしてます。主人も私も60歳です。宜しくお願い致します。

 2004年9月24日、夫57歳、仕事中、車から落ち、すぐ救急車で網走の病院に運ばれました。頸髄損傷、胸から下は何も感じず、動きません。<命に別状ありません>と聞いた瞬間はホッとしました。でも手術(後方除圧・椎弓除去術C2〜C6)を待つ間、これから先、どうなっていくのか不安で不安で一杯になりました。

 私達には2人の子供が居りまして、息子夫婦(札幌市)、娘夫婦(家の近くに居て看護士)に 励まされ、勇気づけられ 夫の為に頑張ろう!と気持ちを切り替える事が出来、感謝しています。

 夫はICUに入っている間から、もうリハビリが始まっていました。精神的には落ち込み、励ます言葉しか掛けられませんでした。2か月位から足、腕、手、が少しずつ動くようになり、夫は、なお一層リハビリに励みました。私は毎日病院に通いながら、障害を持って、帰って来る夫の用意を始めました。障害者手帳、家の増改築、介護保険(OPLL)、通院する為の車、警察、税務署、障害年金、住宅ローンの残金、病院のワーカーさんの手助けで大変でしたがやり終えました。

 この病気を知れば知るほど大変さが解り、この病院は脳にダメージを受けた患者さんばかり、夫と同じ病気の人は居なく、外泊が多くなる度、これから先家に帰って2人でやっていけるのか、悩み、落ち込み、目の前が真っ暗になり、頑張る元気もなくなりました。

 私たちを見ていた病院、看護士さん、子供たちから転院の話があり、同じ病気の人がいて、リハビリが出来る所を探してもらい、美唄労災に転院することができました。道東の病院に9カ月、美唄に3カ月と1年間の入院生活でした。

 美唄労災の入院は、同じ病気の方が多く、付き添いの奥様方も病院近くに部屋を借り、毎日通っているのです。私もすぐ病院前に部屋を借り、毎日夫のリハビリ見学、食事の介助、そのうちに夫はリハビリルームで、私は病棟で沢山の友達が出来ました。色々アドバイスをして戴き、自宅に戻っても、2人で生活出来る自信を貰いました。

 2005年9月末から、待ちに待った我が家での生活が始まりました。月、水、金、は片道40分かかる病院へリハビリ。行かない日は、訪問看護を利用し、日常生活も順調に回り始めました。最初の壁がお便、なかなか上手くいかず、美唄の患者さんから聞いた盲腸ポート、函館まで行って来ようか・・・悩みました。薬を何回も調整し、今は心配する事も少なくなりました。次が痺れ、強くなると痛みが加わり、とても辛いそうです(冬が多い)。痺れを少なくする薬を飲むと、歩けなくなると言われ、シップで紛らわして痺れとの戦いです。皆さんの話ですと、痺れがとれる事はないようですね・・・・

 現在の日常生活は、家の中はウオーカーケイン(コの字型の杖)で、外は杖で片方の手を私が持って歩き、長い距離は車椅子を使用しています。お風呂は娘が勤務にあわせて入れに来てくれます。食事はお箸(箸蔵君)で、コップ、ペットボトル、持てます。止められているタバコも勝手に1人で吸っています。(禁煙なかなか出来ません)

 リハビリの方は、4月から訪問リハビリが始まり、病院月2回にして、訪問リハビリを毎日使い、訪問看護で膀胱洗浄を1日置きに利用しています。病院の検診は、泌尿器科は6カ月に1回、病院の方は3カ月に1回通院しています。

 気晴らしの外出は買い物に2人で行きます。車は助手席がリフト式になっているので楽です。小さな町でも障害者の駐車スペースは何時も満杯で、祈るような気持ちで行きます。大きな街のデパート巡りは、娘達家族(孫3人)が誘ってくれるので嬉しく喜んで楽しみに待っております。

 1泊の遠出は、兄姉と親(88歳)と5人旅を、阿寒、川湯、層雲峡を毎年行って楽しんでましたが、夫に、もう少し長旅を挑戦して貰おうと、皆で計画をし、5月の中旬に息子(孫2人)の運転で函館3泊4日の旅を、いつもの5人と小樽を回って来ました。モーモータクシー(福祉タクシー)で函館山に登り素晴らしい夜景に感動し、タクシーにも感激、満足した旅でした。行く前のお便の心配も成功し、道の駅のトイレも綺麗に清掃されていました。長旅も自信がつき、又、次に、と楽しみが出来たようで、付き添ってくれた息子にも感謝しています。

 この3年9カ月、ここまで回復するとは思いませんでした。夫を支えてくれた皆さんのお陰です。心より「有難う御座いましたと伝えたいです。

 今、私の気になる事は、怪我をする前は、休日は庭いじり、趣味がこれと無い仕事一筋の夫でしたから、人の出入りのない日はイスに座り、外をベランダ越しに眺め、後はジーッと目を閉じてる毎日ですので、不自由な手ですが何か楽しんで出来ることはないかな?(夫は、夫なりの言い分があると思います。)考え中(何か良い話が有りましたら教えて下さい)

 長々と、取り留めの無い話をして御免なさい。好奇心旺盛、手抜き上手な介護のおばさんです。これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

 


 

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