1998年しし座流星群観測記
★ 奇跡の天候回復 ★
道路につもった霙にハンドルを取られながら、知らない夜道を南に向かって走る。
晴れていると、さぞかし星が綺麗だろうと思わせる十勝平野。
行き先は大樹町晩成。
ここは、北海道で唯一晴天が期待できる場所である。
11時に自宅を出て、待ち合わせ場所の清水町の温泉に着いたのが15時。
ここで、後藤会長と吉田さんを待つ。
会長は日高町から電話を入れた時、「ただいま車を運転中」のメッセージ流れた。
今度は何度電話しても繋がらない。
お宅へ電話すると11時にはここへ向かって出たそうである。
もう6時間も経過しているので、相当不安になってくる。
ようやく、吉田さんから連絡がくる。
吉田さんのも遅いので自宅へ確認したところ13時に出たとのことなので、遅れるのは覚悟していた。
ところが、その第一声は「今着いたから」である。
「!、今どこにいるの?」聞けば実家に着いたとのこと。
吉田さんの指示は、ここで仮眠または23時に大樹町役場待ち合わせ、とのこと。
しかし、絶対に晴れない清水町にいてもどうしようもないし、23時は輻射点が昇ってくる時間である。
後藤会長の安否は、吉田さんに確認してもらうことにして十勝の南に向かう。
後で分かった事だが、やはり会長は事故っていた。
安全のため狩勝峠まわりで来る途中、西達布で滑った。
反対車線に出た後、路肩の雪の山に突っ込み、動けなくなったそうだ。
あいにく携帯電話も使えない山奥で、徒歩で民家に駆け込みレッカー車を呼んで脱出したそうだ。
私も同じような経験があり、会長のご苦労が良くわかる。
すっかり気力を失った会長は、帰途についたとのことで残念であった。
さて、話を戻そう。
じつは、天体写真の職人、大高光司さんと朝から連絡を取っている。
氏の情報では十勝南部しか晴れないとのこと。
私もそう考えていたので、18時を過ぎてから大樹町方面へ車を向かわせることとなった訳である。
途中、吉田さんから「池田町のみ晴れ」の新情報が入る。
また、高校生プロジェクト参加の息子から天候を聞かれるが、十勝も絶望と答える。
もちろん、札幌は雪であったとのこと。
大高さんと連絡をとりながら走り、20時に晩成温泉に到着。
池田町の話をするが20時前のNHKメッシュ予報では、やはり「十勝南部」と大高予報官の言。
早速近くの観測場所へ案内してもらうが、この辺りは氏の「中庭」で、他にもたくさん観測ポイントを知っている。
ジプシー観測は、このポイント設定作業が観測と同じくらい難しい。
にもかかわらず、易々と360度見渡せて車の来ないところへ案内してもらったのは、大変ありがたかった。
ただ一つ心配であったのは天候なのだが、霙は止まない。
山の上なので風も強い。
曇りなら観測機材を準備できるが、この雪では車の中でじっとしているしか手だてがない。
止むなく22時頃から仮眠態勢に入る。
目覚まし時計のセットは午前2時とした。
というのも、この霙はいつ止むか全く見当がつかないから、2時間前に一旦天候を確認するのが目的。
眠られず悶えている間に大高さんが何度もやってきて、懐中電灯で車内を照らす。
これには参ったが、大高さんも眠られないのだ。
「風が止んだ」「雲が薄くなった」「星が見える」とその度に連絡にやってくる。
そして、遂に1時。
「晴れてる」の吉報とともにやってきた。
眠られず深酒になってしまい、まだ酔っているがそれどころではない。
低気圧が通過した後は猛烈な風が吹くと予想していたので、直接風に当たらない場所へ車を移動して
望遠鏡をセットする。
30mほど坂下に展開している大高さんが大きな声を上げている。
「ビュンビュン」流れているようだが、何はともあれ機材のセットが先である。
ビクセンSPD赤道儀に以下の装置をセットする。
(1) ビクセン白黒CCDビデオカメラBO5
(2 )同上記録用ビデオカメラ(ソニー TR1000)
(3) 1/8秒のスローシャッターのビデオカメラ
(4) 35mmカメラ標準レンズ+プリズム
(5) 35mmカメラ広角レンズ
心配したとおり、準備には1時間近くかかってしまい2時から観測態勢に入った。
快晴の状態は3時半頃まで続いたが、雲が流れだしたので、ベストコンディションの状態は1時間半程度
であった。
眼視最微等級5.2等は私の視力の限界。
この夜全部で25個の程度のしし群の流星を観たが、 8割以上がマイナス等級できわめて明るい流星が
多かった。
また、永続痕を伴ったものを1個観測 したが、多くは短痕が残った。
ビデオは輻射点へ向けていたが、あまり流れず、南方向に流れるものが多いような気がしてオリオン座
方向に変更。
お世話になった大高光司さん
この方が画面を見ていても退屈しない。
BO5の最微等級は3.5等級。
スペクトル写真は、手が回らず途中で断念。
ところが、流星は4時頃になっても増加せず、時間だけが経っていく。
大高さんの感想では、1時代の方が多かったとのこと。
言われてみると、曇ったことにもよるが、後半は少なくなったような気がする。
NHK「ラジオ深夜便」でも全国の様子を刻々と伝えているが、未だ大出現の報はない。
「やはり今度も空振り」という失望感と「まだ解らない」と思うサイエンチストとして気持ちを胸に秘めて
観測を続行。
しかし、一旦良くなった天候もまた不安定になり、雲が行ったり来たりしている。
5時代に入って渡部潤一先生が、ピークは早まった可能性があるとの見解を発表。
明るくなってからもビデオ撮影を継続する計画であったが、これを聞いてガックリ。
ともあれ、数時間前までは絶望のドン底であったのに、しし座流星群の豪快な流星を多数観ることが
できたのは奇跡的である。
いかなる場合でも、諦めずに観測態勢を整えておくことは重要なことである。
帰ってきてから、写っていないはずのビデオを見たが、BO5が10個も流星を捕らえていることに感激。
星図に書き写して、輻射点を出してみたいと考えている。
もしかすると、写真も写っているかもしれないので、現像が楽しみである。
7時ころ大高さんと別れ、観測地を後にする。
氏は野塚トンネルを潜って浦河を経由して札幌へお帰りになる。
私は狩勝峠経由で旭川へ向かう。
途中、十勝平野は真っ青な空に白い雲がふんわりと浮かぶ「十勝晴れ」であった。。
忠類村のパーキングエリアで牛渡さんが仮眠しているのを見つけ、横に止め私も仮眠。
9時頃、息子から電話が入って起こされたが、牛渡さんはいなかった。
息子の話によると、苫小牧付近を移動の限界としていたが、先生が頑張って浦河まで連れていってくれた
そうだ。
1時からの2時まで快晴で良い観測ができた、との情報を得る。
新得町から日差しが遮られ、峠の向こうは雪模様。
旭川到着は15時。
2日間700kmの旅であった。
来年も十勝地方での観測となると思うが、出来るだけまとまって行動したいと考えている。
以下に、FM放送を利用した電波観測FROによる観測結果について示す。
しし座流星群1998(Leonids 1998)
Abstract
FM放送を利用して得た9,000個の流星エコーから、1998年のしし座流星群の考察を行っているが、
これはその中間報告である。
ピークは17日4時(JST)以降で収束は不明。
永続痕からと思われる反射のため、バックグラウンドが上昇し、弱いエコーが潰された。
このため、定量的なHRを得られなかった。
翌18日(JST)は安定した環境のもと、明瞭なK効果を観測した。
1.バックグラウンドからの考察
17日9時ころ1時間ほどパソコンの画面を見ていた。
初めEスポラデック層からの反射があるように感じた。
つまり、放送が強弱をを伴いながら連続して受信できたからである。
また、通常よりもエコー数が多かったが、一般的なタイプ、すなわち「立ち上がりが鋭く緩やかに減衰する
タイプ」ではなく、台形状の波形として数十
秒間観測されたものが多いように感じられた。
このタイプのエコーは、有痕率の高い、ペルセウス流星群に特有なタイプである。
しかし、「信号の最大値は、立ち上がりから継続時間の20%以内」とした流星検出のアルゴリズムから外れ、
棄却されたものが多い。
また、信号が連続して受信されているため、弱いエコーは潰され検出が困難になっている。
このため、本来の流星数より相当少ないエコーしか捕らえられなかった。
バックグランドレベルの高い様子は、第1図によって確認できる。
第1図 バックグランド
縦軸には周波数80.7MHzの受信機の出力電圧をとってある。
通常は1,300mVであるが、17日2時から上昇し11時代(以下「代」は省略)に最大値に達し12時から急激に
低下している。
これは、しし座流星群の輻射点が23時出、12:30没の時刻に一致している。
さらに言えば、23時の活動は弱かったが11時の活動は極めて強かったといえる。
なお、17時のバックグランド上昇の理由は不明である。
翌18日の値は安定しており、小さな流星でも検出が可能となった。
2.全エコー数からの考察
第2図は検出した全エコーである。
第2図 全エコー
これを観る限りでは、当初の予想のとおりピークは18日となる。
すでに述べたように17日は流星痕が残した電離層(痕イコール電離層ともいえると考えられる)による
バックグランド上昇のため小さなエコーは潰され、HRは増加していない。
HR=79が特別な活動でないことは第3図から判断できる。
第3図 9日間の全エコーの変化
18日は前日の宵から増加し、HR(5h)=98、HR(8h)=96、HR(9h)=96であり、17日より増加している。
しかし、10時から急激に減少し、輻射点が沈む12時頃には通常と大差ない値に落ち着いている。
ここで注目すべき事がある。
6時と7時の落ち込みである。
電波観測には輻射点が低いと電波を反射しやすく、天頂に来ると反射しにくくなる特徴がある
(いわゆるK効果)。
札幌における輻射点南中は5:50。高度は65°である。
このため著しくエコーが減少している。
一般にFROは群の帰属を判定することが出来ない。
すなわち、輻射点を特定することが出来ないのである。
ところが、K効果が観測できたということは、輻射点が相当高く、かつ6〜7時にかけて南中したと考えるべきで、
これらのエコーはしし座流星群に属し
ていると考えて間違いない。
これで、18日の活動の一部は判明したが、17日の活動が不明である。
そこで、弱いエコーを除外してHRを調べた。
第4図第5図は、10秒以上のエコーを示したものである。
第4図 10秒以上のエコー (1)
第5図 10秒以上のエコー(2)
これによると、9日間を通してみても17日の活動は群を抜いており4時頃にピークを認めることができる。
これ以降の時間帯は、大流星のため検出アルゴリズムが有効でなくなったため増加していない。
わけても、冒頭に述べた17日9時は、大流星が飛んでいたにもかかわらずHRは少ない。
18日は全体としてエコーが少ないためもあるが、K効果は顕著に現れていない。
これは、大流星は不規則な永続痕を残すため、電波の反射条件を満たす割合が多いためと考えている。
3.まとめ
眼視・電波を問わず、大流星雨出現に当たり何をどうすれば良いかは、長い間論じられてきたが、
十分対応できなかった。
とくに、しし座流星群は痕を残す特徴を有している事を考えると、エコー同士の重なりよりも永続痕からの
連続した電波の受信を想定すべきであった。
じつは、アマチュア無線をスタートとしてFROで流星を研究する者として、こうなることは初めからわかって
いたのである。
かつて、144MHzバンドで流星観測を行った経験から、周波数の低い方が多くのエコーを受信できるため、
FROで観測してきた。
しし座のような永続痕を多く残すような流星群は、セカントの法則に則り流星に当たる電波の角度を
鋭くする。
または、高い周波数帯を利用する観測方法も平行して試みるべきであった。
にもかかわらず、安易に80.7MHzの周波数と札幌〜福岡のロングレンジを利用したことで、ピーク時刻
とHRの最大値が不明となってしまった。
ともあれ、多少なりともLeonidsの片鱗をかいま見ることが出来たことは成果であったと考えている。
現段階でいえることは、 ピークは17日4時から始まり、収束は12時以降。
痕からの反射が著しく、小さなエコーが埋もれたため、定量的なHRを得ることができなかった。
しかし、しし座流星群において初めてK効果を観測し、この活動がしし座流星群の活動と位置づける
ことができた。