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舞台劇

更新王

脚本・機械科ボイラーズ




 王の宮殿、更新の間。
 王、精彩を欠いた様子でパソコンの電源を入れる。




「眠いのう。今宵の更新は休むとしよう。おかしなものだ、つい先刻までこの胸の内に更新のネタが 網にかかった大魚の如く跳ね回っていたものを、今モニターの前に座してみれば母の子守唄に誘われるが如く 眠気が押し寄せてくるではないか。おお、我が口からあくびが、我が目から涙が、我が視界はくらみ、 意識が朦朧とするかのようだ。この状態で更新に手をかけるなど無謀の極み、雲もなき晴天に嵐を乞うようなもの。 実に恐ろしきは我が本能、逆らうことのかなわぬ睡眠欲、成し得ることはもはや黄昏に身を任せ安らかに電源を落とすことのみ」




 王、パソコンの電源を落とそうと手を伸ばす。
 家臣、慌てふためいて登場。




「何をなさろうとしているのですか!」

「一目見て解せぬか、今宵の更新を休もうというのだ、暁の遅滞なき快適さに賭けて、深き夜の通ずることなき憤りに賭けて、 我らの精神を蝕むアクセスカウンタに賭けて、今こそ余は何もかも投げ捨てる、管理者としての心遣いも、 掲示板のレスも、メールの返事も全て捨て去り、安らかに床につこうというのだ」

「何と仰られます!」

「黙れ! 余の怒りに触れるな。余はこれまで我がページの更新に励み、そうとも、我が尽力の全てを我がサイトの 運営に傾けてきたのだ。だがどうだ、我がサイト、我が掲示板の荒みようは! 早く昇れ、下界を照らす燈火、 その光を借りてこの掲示板を見るのだ。おお、なんという荒みよう! おお、なんという! まさに目を覆わんばかり、 アウトルックに群がるウィルスとてこれ以上の美観を備えていよう。見よ、この有り様を! 貴様はこれを見てなお このページを更新せよと、我が胸を自ら張り裂けよと、そう申すのか!」

「お待ちを、今日まで我が王と敬い、我が父とも慕い、我が主として仕え、我が大いなる庇護者としてリンク集のうちに その名を唱え奉って参りました王ならば」

「終了メニューは開かれた、これ以上口を挟むな」

「今一度! 今一度の進言を、お許しください! 我が王の掲示板は荒れ果ててなどおりませぬ。むしろその 静寂は波一つない湖面に浮かぶ月影の如き美しさ、夏の虫や蛙の如き下賎の者とてその静寂を破るには忍びなく、 寄りつく者あらば帰ることの許されぬ孤島のような荘厳な佇まいを見せているではありませんか!」

「黙らぬか! 命が惜しくば、もう何も言うな!」

「命とあらば、今日まで賭け物同様、王の敵前に投げ出すものとのみ考えてまいりました私、今更、惜しみ恐れは 致しませぬ。我が王のページの更新こそ何より大事」

「下がれ、目障りだ! 余の怒りに焼かれたいのか!」

「何でそれを怖れましょう、例え熱暴走に心臓を焼かれようとも! 王が狂えば、家臣はわきまえを捨てねば なりませぬ。どうしようおつもりか、ご老人? 更新の誓いが睡魔に膝を屈するのを目の前にして、義務は 恐れて口を開かぬとでも思し召すのか? 直言こそ臣下の名誉、主君が愚行に身を委ねて顧みぬ以上、仕方は ございませぬ。何とぞ更新はその御手に、なお、よろしく御熟慮あそばし、御軽率極まる不定期更新などは 避けていただくよう、己が一命に賭けて申し上げます」

「黙れ、不忠者、これが最後の忠節と思って、よく聴け! 貴様は余に更新をさせようとした、睡魔に襲われ、 意識も絶え絶えに電源を切ろうとしたこの王に! そればかりか、増長にも程がある、余の掲示板を 雑草一本生えぬ不毛の地呼ばわりするかの如き先の発言。実に許し難いことだ。余の力が如何なるものか、 思い知るがよい。望み通り更新をしてやろうではないか、『更新停止中』宣言をな!」

「この上は更新の神に賭けて申し上げましょう、如何に更新停止を宣言しようとも、それを目に留めた者が 王のサイトを惜しむことなどありえませぬ」

「おお、無礼な! この下郎!」

「ご自分のコンテンツをお殺しになるがよい、そしてリンク集から抹消されることだ。更新作業を続けぬ以上、 この咽喉から声の出る限り、堕落の極みとお諌め申し上げるほかはございませぬ」

「おお、腹が煮え返り、熱いものがこの胸元まで! 腹の虫め! ええい、下れ、この湧き上がる怒り、 貴様の居所は腹の中だ。貴様はそれほどまでに、余に更新を迫るか、更新を! 聴くがよい、更新などと いうものは親しき友も燃えるような恋人もなき孤独な者が世界に呪いをかけるかのように励む暗黒の所業!  奴らはありとあらゆる駄文、誇りを捨てるとも構わぬ手練手管を弄してネタを作り上げ、更新の糧とする!  更新の神に頼む、今日までそこに蓄え来ったある限りのネタを、忘却の泉に残らず沈めたまえ!  切れ、リンクを、一瞬にして絶望に陥れるその日記を、奴らの奢れる目の中に射込んでしまえ!  自己満足の熱に吸い上げられる画像の毒気に、奴らのトップページは爛れて前のページに戻るように!」

「何と恐ろしいことを!」

「何を言う、あれほど余に更新を進言した貴様が、恐ろしいなどと! おお、神々が管理者を憐れみ、 ネットを統べ給うその優しい御手にホームページの更新を祝福し給うなら、いや、神々自ら更新の苦労を 知る身であられるなら、これを余所事と思し給うな、我に情熱を授け、更新を成し遂げさせたまえ!」

「おやめください!」

「貴様は、この日付を見て恥じぬのか? おお、何の有意な結果も期待できない空しいまでの挑戦、まるで 閉鎖のときが迫っているかのようだ! 神は我を見捨てたもうた。荒らしよ、来れ、我が掲示板を吹き散らせ!  いくらでも猛り狂うがいい! メールよ、来れ、どんな怪しいタイトルでもアウトルックで開いてやろうぞ!  我はページを閉鎖する。おお、人を堕落させる激しき鬱よ、更新の根源たる情熱の鋳型を壊し、日記サイトの ネタを一日残らず打ち砕いてしまうのだ!」




 閉鎖を告げる旨のトップページがアップされる。




「この不幸なリンク切れの重荷は我々が背負って行かねばなりませぬ、言うべきことかどうか、とにかく 己れの感じた事を在りのままに申しましょう。最もつまらないサイトが最も苦しみに耐えた、若い我々は 今後これほど辛い目に遭いもしますまい、これほど長く更新を続ける気もしますまい」





終劇

参考:シェイクスピア 「リア王」







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