帝撃バレンタイン大作戦、part2

IN MEMORY OF..... 

……もうひとつのバレンタイン……

彼女は去年の秋から密かにセーターを編んでいた。
大神さんと出会ってから半年が過ぎ、やはり自分の気持ちに正直でいたいと決心したのが秋。
いつも優しくしてくれる大神さんの笑顔を自分だけのものにしたい。
これからずっと、いつまでも。
初めて編むセーターは難しくてなかなか完成しない。
あまり器用では無くても太めの毛糸で編んだセーターなら不揃いの目も、失敗した所も目立たない。
このセーターに手を通してくれるとき、きっとなんとか気持ちは伝わるだろうから。
そう思って一針ごとに思いを込めて編んでいた。
クリスマスプレゼントの予定が間に合わなくてバレンタインディへと変更になった。
今度こそ仕上げて、お使いに出た時に三越で買っておいた「ゴディバ」のチョコレートも添えて渡そう。
なかなか完成に近づかないセーターを編んでいると、いろいろな思い出が蘇る。
初めて上野で逢った時。
花組の皆とのなにげない会話。
彼の笑顔を思い浮かべると胸の奥で何かが起るように心臓が早鳴る。
そんな事を考えながら一針一針編み込んで行く。

でも……、最近気付いた事。
大神さんの視線はいつもマリアさんを見ている。
押さえつけても湧きあがるその考えを何度も否定してみる。

「お正月に大神さんはマリアさんと初詣にいったのは事実だけれど、だけど……。」

「そう、別にだからといって皆が言ってる様な事はないわ。うん、きっと。大神さんは隊長だから、サポートしなきゃならないマリアさんとは話す機会も多いだけよ。」

「……、早く編み上げてしまおう。そして伝えなくちゃね、私の気持ち。」

バレンタインディの当日、セーターは身ごろと袖を綴じて襟繰りを編むだけだった。
それで完成の予定。後は用意してあった綺麗な包装紙で包んでリボンをかければいいだけ。
舞台が終り楽屋でファンからのプレゼントを配っていた時に紅蘭がマリアさんをからかっていたのにはちょっと不安感を煽られたけれど、とにかく今日中に仕上げて大神さんに渡さなくては……。
稽古が終ってから部屋に戻ると一心にセーターを編み出した。
夕食も食べないで頑張ったのに完成したのはもう夜遅い時間だった。
夜の見回り時間もとうに過ぎているから大神さんは部屋に戻っている頃だろう。
でもさすがにいくらバレンタインだからといっても今から隊長室へ届けるのは気が引けた。
一日ぐらいの遅れは勘弁してもらって明日の朝早く渡そう。
そう決めて彼女は明りを消した。
 
 
 

朝6時の鐘が聞こえて来たとき、隊長室のドアの前に立ちさくらは深呼吸をした。
周りの部屋の皆に聴かれない様に、でも中に居る大神が目覚めて答えてくれる様にとドアをノックした。
しばらくしてから大神の声がした。
「誰?」
「……あのぉ朝早くにすみません。さくらです。大神さんちょっとよろしいですか?」
大神はドア越しに慌てた様子で返答した。
「……さくら君?ちょ、ちょっと待っててくれ。」
大神がドアを開けてくれるまで、さくらには果てしなく長い時間が過ぎたように感じた。
きっと眠っていた大神さんは急いで服を着ているのだろう、起してしまったのかしら、申し訳なかった、そう思っているとドアが開いた。
細く開けたドアのすき間を潜る様に大神は廊下に出ると素早く後手にドアを閉めた。
まるで部屋の中にはさくらに見せたくないものが有るようにかなり慌てた素振りだ。
実際ベッドの上のシーツの端から細い透けるような金色の髪が一瞬だけ見えていた。
だが、さくらはこれから自分が言おうと思っている事に気をとられていたので部屋の中までは気付かなかった。
「さくら君、いったいどうしたんだい?こんな時間に。」
「ごめんなさい、大神さん。本当は昨日渡したかったんですけれど……。」
「それは?」
「あの、昨日……バレンタインの……。」
綺麗に包んでリボンをかけたセーターを大神に渡した。
「遅くなっちゃったんですけれど、夕べやっと編み上がって……。受け取ってもらえますよね、大神さん。」
伝えたい言葉を言い切った後思いっきり息をついたさくらの鼻孔を甘い香が掠めた。
「あ、大神さんいい香が……コロンつけてるんですね……。」
「えっ?何もつけてないけれど……あっ。」
大神がしまったという表情を浮かべたのを見たとたんに、さくらは随分前にサロンですみれの香水談義を聴かされていた時の事をふいに思い出した。
 

その日たまたま届いたばかりの新しい香水を花組のメンバーが揃っていたサロンにすみれが持って来たのがきっかけで、それぞれが着けている香水の話しになり、各自部屋から自分の香水を持ちよって品評会が始まったのだ。
『ですから、やっぱりね、お香水はフランスから取り寄せたものを使った方がよろしいですわよ。』
『あら、そうなんですか?すみれさん。私は詩生堂の香水をこの間初めて買ってみたんですけれど。』
『まぁ、これだから田舎者は困りますわ。お香水といったらフランスが一番ですのに、ねぇマリアさん。』
『あたいは、おフランス製なんてやだぜ。』
『まっ、カンナさんに申し上げてるわけじゃありません事よっ!』
『ふふふ、私もフランス製の香水なんて使った事無いわよ、すみれ。』
『でもマリアはんの着けている香水、素敵な香やなぁ。甘い香なのにちょっとなんて言ったらええのんか、切ない香っていうか。ええ感じやわ。』
『そうですわね、でマリアさんは何というお香水を使ってらっしゃるの?』
『これ?昔から使ってるのなんだけれど、IN MEMORY OF.....っていう。』
『じゃぁそれってアメリカ製なんだね、マリア。』
『まぁアメリカ製のお香水ですの?でも仕方ないですわね、マリアさんはあちらで暮らしていたのですから。ほっほほほっ。』
『すみれさん、そんな言い方って失礼ですよ。』
『いいのよさくら。むこうでもそんなに名の知れた香水じゃないし。ただね、名前と香が気に入っているからずっと使っているの。それだけよ、ふふふ。』
『ほっほほほっ、やっぱりお香水はフランスのものが一番ですわ。』
『もう、結局すみれさんはそこにいくんですねっ。』
『んまぁ、これだから田舎者はっ!』
『ほらほら二人ともいい加減にしてちょうだい。皆、そろそろ部屋に戻って休む時間よ。』
『ほんまや、もう遅いで。』
『じゃお休み。』
『はいっ。お休みなさい。』
 

あの時のIN MEMORY OF.....。
そう思い出した時に大神が言った。
「すまない、さくら君。これは受け取れない。」
「大神さん。」
「俺は……、大切に思っている人が居る。だからこれは……やっぱり受け取れない。」
大神の返事を待つまでもなく彼女にはすべてが判ってしまった。大神が誰を大切に思っているかを……。そして、間違いなくこのドアの向こうに誰が居るかを……。

(1999・2・23完)

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