葉を落とした幹が天にむかって腕を広げている。
求めて止まぬように……。
まるで。
白樺林の中でマリアは膝を抱えて所在無さそうに座り込んでいた。
黄昏れ時に近い林の中では昼間の陽の光を吸い込んだ朽ち葉の温もりを夕風の冷たさが奪い去ろうとしていた。
マリアの紅潮した頬も撫でながら吹き過ぎてゆく……。
秋の陽は釣瓶落としとはよく言ったもので、間もなく辺り一面が暗闇になるだろう。
それまでのほんの僅かな時間、今を名残り惜しむように黄金色に輝く夕日が白樺の白い樹皮を照らし出している。
抱えた膝頭に唇を寄せて俯いているマリアの前髪も眩しく輝かせながら。
膝頭に触れるや否やの唇が戦慄くように震えているのを照らしながら。
遠くからマリアを呼ぶ声が聞こえる。
林の中を渡る夕風に乗って流れてくる。
「……マリーヤ……。」
弾かれたように顔をあげて耳を澄ます。
幽かに聞こえるその声を全身が粟立つような思いでマリアは聞き取る。
総ての感覚が聴覚だけになってしまったようにその声を聞き取ろうとしている自分に戸惑いながら。
「……マリーヤ。」
次第に声が近付いて来る。
恐ろしかった。
この声の為なら、何もかもを引き換えにしても構わないと思っている自分が。
何時からだろう……。
例えば今世界が終わっても構わない。
ただ一つだけの願いが叶うなら。
そんな気持ちが沸々と心の中を占めてゆく。
マリアの姿を探すように少しずつ少しずつ近付いて来る声。
一言声をあげれば微笑みながらあの人は手を差し伸べてくれるだろう。
だけれどもそれは今本当に欲している物では無い事だけは確かだ。
甘んじてその手を受けてしまえばどれほど容易く飛び込んで行けるだろう。
でも、それではこの心の中にわき上がる押さえきれない激情をなだめる事は出来ない。
「マリーヤ、何処だ?」
林の入り口に沈む夕日を背にした人影が現れた。
逆光に表情は見えないその人が優しい微笑みを浮かべているのはマリアが一番良く知っている。
呼び掛ける声に応えて走り出したい気持ちを無理矢理押し込めて膝を抱える指に力を込める。
細かく震える指先が血の気を失い夕日の中に薄らと白く浮かび上がる。
そのまま身じろぎもせずに黙ったまま下を向いている。
「マリーヤ!」
枯れ葉を踏みながら黄金色の夕日の中で少しずつ黒いシルエットが大きくなる。
声の主はマリアの前で立ち止まるとそっと手を伸ばして肩に触れた。
その瞬間マリアは焼け火箸でも当てられたようにびくりと身体を震わせた。
触れられた肩の先から身体の中心を通って全身の隅々まで重苦しい、そして甘美な狂おしさが一気に駆け抜ける。
「はぅ……。」
マリアは小さく溜め息を漏らした。
口を開けば激しく脈打つ心臓が飛び出してしまいそうだったが、息をつかなければこのまま窒息してしまいそうだった。
「マリーヤ、やっぱり此処だったか。探したぞ。」
マリアは彼の言葉に抗うかのように俯いていた顔を膝の中に埋めると腕を回して更に頑に胎児の様に身を固くした。
様子がおかしいのに気付いた彼は屈み込むと両手をマリアの肩に乗せ顔を覗き込む様にしながら言った。
「どうした?具合が悪いのか?」
マリアは答えられなかった。
このまま消えてしまいたいと思った。
今顔をあげてしまえば多分あの人は総てを察してしまうだろう。
自分の中の得体のしれない感情が何を意味しているのか判らない。
ただ、あの人にだけは知られたく無い、知られたらきっと何かが壊れてしまう。
そんな危惧だけは強く感じられた。
(1999・9・10/続く)