『ジェジェジェ・・・・。』
神妙な表情で口角を引っぱりぎみに大神が繰り返す。
『違います、それじゃ英語のJの音です。』
『そうかなぁ、マリアと同じに発音しているつもりなんだけれどなぁ。』
『もう少し固くて低い音になります。
じゃぁもう一度私について発音してみて下さい。
ж、ж、ж・・・・。』
ヂェー、ヂェーヂェヂェヂェ・・・・・・。
『そうそう、隊長上手いですよ。』
『・・・俺じゃないよ。』
『えっ?でも今・・・・。』
ヂェー、ヂェーヂェヂェヂェ。
大神はにっこり笑うと二人が座っている窓辺に近い木を指差した。
開け放たれた書庫の窓を半分横切るように張り出した大きなプラタナスの枝に小鳥が2羽とまっている。
小刻みに羽を震わせながら求愛の行動を繰り返す雄。
小鳥達はこれから巣作りを始めるのだろう。
マリアはじっとその様子を眺めていた。
そのまま小鳥達がぐるぐると回転しながら遠のいていく。
(夢・・・ああ、そう夢だったのね。)
マリアは眼を醒した後もしばらく身動きせずにいた。
ヂェー、ヂェーヂェヂェヂェ。
頭の中で響いていると思っていた鳥の声は寝室の厚いカーテン越しに外から聴こえてくる。
遮光性の強いカーテンなので部屋の中は薄暗いけれど外はすっかり明るくなっている時刻だ。
二つ並んだ枕のもう一方では気持ち良さそうな寝息が規則的に響いている。
寝息に合わせるように数本跳ね上がった黒い前髪が揺れている。
(夢で見る時はまだ『隊長』なのね、私・・・・)
そう思うと可笑しくてマリアは小さな声で笑った。
かつて「隊長」と呼んでいたその人は今「夫」としてここに居る。
当たり前のように今のこの状態を受け止められる事の幸せ。
マリアは枕元の時計に眼をやってまだもう少し眠っていても大丈夫なのを確認した。
もう少ししたら起きて朝食の準備にかかろう。
今朝はサニーサイドアップにした目玉焼きとローストしたソーセージ、付け合わせには温野菜。
たっぷり沸かしたお茶と冷たいミルク。
焼き立てのスコーンにはサワークリームとメイプルシロップをつけて・・・。
考えただけでお腹が鳴りそうだった。
(悪阻がようやく、と思ったらこの食欲・・・・大丈夫かしら、私。
でも二人分だもの、ね、二人分、いいわよね。)
小さく溜息をつくと寝返りを打った。
この頃では寝返り一つも大変なのだが。
そのまま隣で眠る夫の右肩と二の腕の間に頭を載せた。
眠りながらも夫はマリアの張り出したお腹の上に左手を載せた。
お腹の上に広がった夫の掌が暖かい。
お臍の辺りがきゅうっと突っ張りながら移動して行く。
自分の身体なのにそこだけ違う意志で動いている。
身体の中がくすぐったいというか、不思議な感触だ。
丁度夫の掌の下へ移動するとまたじっとしている。
(そうね、そこが一番気持ちいいわね)
そう思いながらマリアはもう一度眼を閉じた。
再び静かな微睡みにその身を任せる為に。
(完)