BLOODY MARIA
 
 時間が経てばあの赤い想いは忘れられる、そう呪文の様に唱えながら彼女は生きてきた。
 そんな事は偽りであると、気付いているのは彼女自身なのに。

 眼を閉じると暗闇の中で浮かび上がる色。
 深く鮮やかに蘇るもの。
 もう、数え切れない程見続けてきた鮮やかなその色。

 記憶の一番奥に隠れているのは幼い彼女の姿だ。
 床に転がる一塊のパンと同じ。
 いや、そのパンすら彼女より大切に扱われただろう。
 怯えて泣いているのは、彼女だ。
 怖くて堪らないとは誰にも言えないから。
 誰も気付かないと思うそのこと自体が、彼女の幼さだった。
 絡まりもつれた黄金色の髪に翠緑色の瞳の少女がいる。
 鮮やかな紅に染まる床の上に転がっている。
「しかたないだろう、こんな世の中なんだから」
 そう言いながら彼等は立ち去っていく。
 何がしかの代償を引き渡して。

 パンの代りにtriggerをくれた男がいた。
「たいして変わらないのさ。おまえも俺も、革命も。」

 そう、確かに同じだった。
 彼がひくひくとうごめきながら吹き上げた赤い血の色は同じ。
 あの時彼女の膝頭の裏を流れて行ったものと同じ赤い色だった。
 
 確かめるためだけに撃鉄を起す。
 確かめるためだけに。
 革命なんてどうだっていい。

 誰も気付かなくてもいい。
 彼女の中でうごめいている、その赤い色が流し尽くされるまで。

 1998・8・25(完)
  

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