君に奇跡を


---So Special a Day---

大成功だったクリスマス特別公演の余韻が漂うクリスマスイヴの夜。
大帝国劇場の玄関口から外に出る二つの人影があった。
銀座の並木道は夜になってもまだ明るく賑わっている。
「この先に小さな教会があるんです。」
長身の女性が本通りを越えた小路を指差した。
彼女、マリアが言ったその道は一本脇に入っただけなのに人通りも無く静かだった。
「すぐ近くなので行ってみましょう、隊長。」
「ああ。」
頷く大神とマリアは街路灯が仄かに照らし出すペーブメントを歩き出した。
打ち上げパーティーの後の昂揚がまだ続いている頬を心地よく夜風が撫でる。
いつしか漆黒の夜空を街灯の光の中で反射しながら滑り降りて来る物があった。
ゆっくりと歩を進める二人の肩の上を白い粉雪が舞い始める。
「雪が降って来ましたね。」
歩きながらマリアはすうっと差し出した掌で雪を受けた。
赤い手袋の上で綺麗な六角の結晶が街灯に輝く。
雪は見つめている間に溶けて小さな水滴を作った。
「暖かいんですね、すぐ溶けてしまう。」
マリアの仕種を真似して大神も掌を差し出した。
雪は手の上に舞い降りると淡く溶けてゆく。
「クリスマスに雪が降るなんて珍しいな。」
「本当ですねぇ・・・・とても綺麗ですね。」
「マリアは雪は・・・雪のクリスマスは珍しくないんだよね?」
大神はかつて二人で訪ねたロシアの地の雪景色を思い浮かべながら言った。
「ええそうですね。
一年の半分は雪の中で暮らしていたのですから。
クリスマスの何週間も前から雪が降り積もっていて・・・・。」
マリアはそう答えながら立ち止まりいつもの癖で少し小首を傾げた。
「帝都では積もる程降るなんて事はめったに無いからなぁ。」
大神も一緒に立ち止まるとそう言い、マリアの次の言葉を待った。
少しずつ舞い落ちる雪の量は増えて来たがそれも地面に辿り着くと敢え無く消えてしまう。
マリアは何か懐かしい風景を思い浮かべているようだった。
「雪が降り始める季節にはこれから始まる長く厳しい冬を思います。
小さな子供達は雪が降ると素直に喜びますが。
大人達はうんざりした顔で雪を眺めていました。
一度降り出すと容赦無く積もり続けますから。
音も無く降り続ける雪はあっという間に世界を白く変えてしまいます。
総ての物を飲み込んで固く冷たく閉ざしてしまう雪。
半年もの間凍てついた雪の中で春を待たなくてはなりません。
でも・・・・。」
そこでふっと息をつくと大神の顔を見つめて微笑んだ。
「そんな冬が終わり草木が芽吹き始めると心も踊り始めます。
春のやって来た喜びを深く感じるのです。
厳しい冬があるからこそ春の喜びも深いのですね。
・・・でも隊長、今夜の雪を見ていると心が踊るような気がします。
どうしてでしょう、胸がどきどきしてまるで・・・。」
そこまで言うとマリアは急に頬を染めて黙ってしまった。
大神はマリアの手を取ると微笑を返しながら言いかけた。
「それはきっと・・・マリアが・・・。」
「隊長!」
大神の言葉を遮るように叫ぶとマリアは更に赤面して眼をそらした。
「・・・隊長。」
二度目には呟くように名前を呼ぶとそっと振り解いた手に残る温もりを確かめるようにマリアは胸の前で手を組んだ。
「そうですね、きっと・・・・。」
再び黙り込んだマリアの肩を軽く叩くと大神は嬉しそうに問いかけた。
「きっと、何だい?マリア。」
「いえ、いいんです。
気にしないで下さい。」
「気にするなと言っても気になるなぁ。」
「もう、隊長、からかわないで下さい!」
マリアはそう言うと教会に向かって足早に歩き出した。
 
 

---Ave Maria---

祭壇の前で瞳を閉じ真摯に祈る横顔。
君に気付かれないようにそっと眺めながら俺は思う。
君が祈りを捧げる聖母様と君はとても似ていると。
そんな事を君に話したらきっと不謹慎だと怒るだろうか。
俺が祈りを捧げる聖母様は君なんだと。
そう思うのは今日が特別な日だからだ。
ほら、鳴り響く鐘の音も君を祝福している。
君に奇跡を・・・・・。
 

(2000・12・22完)


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