帝撃バレンタイン大作戦

MY FUNNY VALENTINE

正月過ぎに軍で行われた3週間の特訓はその任務の持つ重大さとこれから起こるであろう対降魔戦に対する心構えを大神とマリアに再確認させるものであった。
一方この3週間という時間は大神、マリアがお互いの心を深く触れ合えさせる事の出来た貴重な時間でもあった。
しかし帝劇に戻ったそんな二人を待っていたのは、先の戦いで大破した光武に継ぐ神武による降魔・猪との銀座での戦闘。
だがそんな命をかけた闘いの日々の中でも、帝国華撃団はうら若き乙女達の集まりである。
日々の暮らしの中で緊張感を保ちながらも殺伐とした様子は見受けられず、むしろ日常生活をより一層大切に過ごしたいという花組全員の気持ちが暗黙の内にあったため明るく過ごしていた。
マリアを始めとする花組のメンバー達は2月の定期公演、マイフェアレディに向けての練習に専念しだし、大神一郎もまたモギリと雑務に追われていた。
 

銀座大帝国劇場は満員の観客で賑わっていた。
バレンタインデイの今日が定期公演の初日、正月公演が中止だった事もあって立ち見ですら入りきれない程の盛況さだ。
モギリの仕事を終えた大神は売店の椿に声をかけると受け付けを離れ舞台袖へと向かった。
観客の歓声が響き、照明と音楽が華やかな舞台を醸し出す。
すでに舞台の上ではマリアが出演者の紹介を始めたところであった。
「イライザ役、真宮寺さくら。ヒギンズ教授の友人役、李紅蘭。可愛らしい召使役はアイリスこと、イリス・シャトーブリアン。また今回の公演では特別出演として主人公イライザの父親役を当劇場の支配人、米田一基が演じておりました。盛大な拍手をお願いします。そしてヒギンズ教授役は私、マリア・タチバナでした。如何でしたでしょうか?本日は帝国歌劇団花組2月公演をご覧いただきありがとうございましたっ!」
出演者全員によるカーテンコールも無事終わり、場内に藤井かすみの終了アナウンスが流れ出した。
観客の声援を受けながら引き上げて来る彼女達の姿を見て大神は、先月の公演が休演だった事も重ね合せながら、この平和な状態が長く続く様に……と思っていた。
「やっぱりあの子達には魔物と闘うよりも、こうやって舞台の上で声援を受けていて欲しいわねぇ……。」
まるで気持ちを見透かされていたように後から藤枝あやめが声をかけてきた。
「……本当ですね、あやめさん。」
そんな二人に元気な声が聞こえてきた。
「マリアさん、素敵でしたねぇ。渋い言語学者役をあんなに上手くこなせるなんてさすがですよね。」
両手いっぱいにカラフルなリボンや花で飾られたプレゼントを抱えながら由里がやって来たのだ。
「ちょっと大神さん、これお願いしますね。お客さん達からのプレゼント。今日は特にマリアさん宛のが多いわぁ。後で皆さんの所に届けておいて下さいね。じゃ、私は来月のチケットの販売に戻りますのでよろしくお願いしますね。」
「あらあら、本当、マリアさんへってカードが付いているのが沢山あるわねぇ。」
あやめはそう言うと一番上で落ちそうになっているハート型のピンクの包を乗せ直した。
 

大神はマリア達のいる楽屋のドアの前で叫んだ。
「すまない開けてくれっ!」
「はーい、あら、大神さん凄いですね。手伝いましょうか?」
「ヒョウ、隊長凄いぜ。ごくろうさん。」
両手に抱えられたプレゼントの山で前も見えなくなっている大神にさくらとカンナが声をかける。
「あぁらぁ、少尉、バレンタインだからって随分豪勢にチョコレートをお貰いまくってるじゃありませんの。おっほほほっ。モギリも隅に置けませんわねぇ。」
久々の舞台終了後の高揚感も手伝ってか珍しくすみれが大神の事をからかった。
「せや、大神はんそないにチョコレート貰っていたらマリアはんが焼きもちやくでぇ。バレンタインやからって『ばれん』とは限らんで。でもチョコレートやから『ちょこっと』叱られるだけや、なあマリアはん。」
「紅蘭ったら、いやねぇ。」
「冗談や冗談。でもマリアはん気い付けんとな、大神はんカッコええからなぁ。ホンマに大神はんの分も入ってるかもしれないで。チョコレート。」
「お兄ちゃん、そんなにいっぱいチョコ食べてたら、ちゃんと歯磨しないと虫歯になっちゃうよぉ。それにとってもオデブさんになっちゃうよぉ。」
「そうね、チョコレートの食べすぎは肥満の元ですね、隊長。気を付けてください。」
「酷いなぁマリアまで……。」
明るい笑い声が楽屋の中にこだました。
「これは、すみれさんで……、えっとこっちはアイリス、これはマリアさんで、こっちもマリアさん……、あらこれもマリアさんにですね。」
さくらは大神から受け取ったプレゼントを各々に配って歩いた。
「どれどれ、『マリア様私の愛を受け取って下さいませ……。』だって、おい、マリアこれもアンタ宛だぜ。」
カンナも手伝って配りながら言った。
「同じ男役でもアタイのはチョコレートが無いなぁ。『カンナお兄ちゃん今度一緒に写真撮ってください。』だってよ、ちょっと待てよ、アタイは女だぜぇ。」
「ほっほほほっ。貴方のようながさつな方に告白するファンなどおりませんわっ。」
「なんだってぇ、このサボテン女っ。」
「ほらほらいい加減にして二人ともさっさと着替えをしなさい。明日の公演もあるのだからもう一度軽く稽古もしなければならないのよ。さあ、隊長これから私たちは着替えをしますから出ていってください。」
「あ、ああ。ところで着替えといえば米田長官はどちらで着替えをされているんだ?」
大神の質問にマリアは気の毒そうに答えた。
「長官は大道具部屋に衝立を立てて簡易更衣室を作りましたのでそこで着替えをされているはずです。」
 

その夜大神はいつもの様に劇場内を見回りしていた。
かけ忘れた窓の鍵を閉め、つけっぱなしになっていた廊下の照明を常夜灯に切り替える。
「よしっ。」
劇場内に異常が無いのを確かめて隊長室に戻ろうとロビーの階段を上がった。
サロンを通り抜けようとした時、ソファで読みかけの本を膝の上に乗せたまま眠ってしまっているマリアを見つけた。
いくら劇場内は完全暖房が入っているとはいえ如月の夜更けはしんしんと冷え込んでいる。
無防備な顔をして眠っているマリアを起すのは忍びなかったがそっと近づいて肩に手をかけた。
「マリア、こんな所で寝ていると風邪をひくよ。」
「……ん、あっ隊長、私……。眠ってしまってたんですね……。」
寝起きのマリアはまだちょっとぼうっとした表情を浮かべている。
いつもは凛とつり上がっている眼尻も心無しか垂れ下がってあどけなく見える。
いつのまにマリアは俺にこんな表情を見せてくれる様になったんだろうと思いながら大神は言った。
「今日はしばらくぶりに舞台に立ったから疲れが出たのかな。寒くならないうちに部屋に戻って休んだほうがいいよ。」
「そうかもしれませんね。後もう少しで読み終るから読み切ってしまおうと思ってるうちに眠ってしまったみたいです。」
そう言ってマリアは立ち上がりかけると、急に小さくくしゃみをした。
「あら、やだわ。ごめんなさい、隊長。」
「大丈夫かい?マリア。眠る前に何か温かい物でも飲んだ方がいいかもしれないね。」
「ええそうします、……あ、そうだわ隊長、よろしかったら一緒にココアを飲みませんか?今日ファンの方にもらった中にココアの粉があって……。」
「いいね。」
「じゃ、お部屋のほうでちょっと待っていて下さい。すぐ作ってきますから……。」
マリアはそう言うとココアの粉を取りに行った。
大神は隊長室へ戻ると、まもなくマリアがホットココアの入った湯気のたつマグカップを2個持ってやってきた。
「隊長、どうぞ。」
「やぁ、ありがとうマリア。」
どちらからともなくベッドを背持たれにして、床に座り肩を寄せあった。
「美味しいですか?」
「ああ。」
温かいカップを両手で包んでいるといつまでもこのままマリアとこうしていたいと大神は思った。
「隊長……。」
「マリア……。」
「ふふっ、ココアってチョコレートと同じなんですよ。」
「えっ?ああ、そうか、同じって……。マリア?」
「ふふふ……。」
大神の質問にマリアは艶然と微笑んだ。

(1999・2・14・完)

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