マリア探偵の事件簿、隊長事件です

プロローグ

 
 太正20年4月・・・帝國華撃団が黒鬼会との戦いに勝利し、帝都に再び訪れた平和の中で大神一郎がフランスへ旅立ってから5年の月日が流れていた。
 果敢に悪と戦い、また日々のステージで人々の心に夢を与え続けていた8人の少女たちのその後は如何に....

「まーりーあーっ」
「あら。アイリス久しぶりね。元気そうでなによりだわ。」
「うふふ、アイリスね、今度レニとね、愛ゆえにの舞台やることになったんだよ。」
「愛ゆえに?なつかしいわね。さくらと私で舞台に立ったのはもう8年も前のことになるのねえ。」
「そうだよマリア。アイリスだってもう17歳だよ。お誕生日がきたら18歳になるんだから。さくらのやったクレモンティーヌの役だって、背伸びしなくても出来るようになったんだよ。」
「そうね、レニもオンドレ役をこなすのに何の不足もないすてきな大人になったものね。」
「そうでちゅよー。ね。須磨ちゃん。」
「須磨はアイリスに話かけられると嬉しいのよね、ねえ須磨。」
「そうよねー、須磨ちゃん。だってアイリスはお兄ちゃんの恋人だったんだから。えへへ。」
「ふふふ。相変わらずね、アイリスは。」
「でも不思議だねえ、マリア。マリアが生んだのに須磨ちゃんはお兄ちゃんにそっくりだねえ。」
「ア、アイリス・・・・」
「えへへ、マリア照れちゃって。」
「いやねえ、大人をからかうものじゃ無いわアイリス。」
「えへへーっ。アイリスだってもう大人だもーん!」
「やっほーっ。アイリスにマリアはんやないか。二人とも元気にしてはりましたか?」
「紅蘭お久しぶり。花やしきに戻ってたの?」
「わーい、紅蘭。元気だったー?」
「うち、先月から戻って来たんや。いやあ須磨ちゃん、ますます大神はんに似てきたなあ。」
「そうでしょ。ねえ紅蘭もそう思うでしょ?」
「もう、二人とも・・・・」
「それで、大神はんはお元気にしてはりまっか?マリアはん。」
「お陰様でね。元気よ」
「そりゃあよかった。須磨ちゃんのお父はんはお元気でしたか。なによりやなあ。」
「さあ、須磨、米田のおじいちゃまのところへご挨拶へいきましょうね。」
 

太正19年2月
その日マリアはいつもと同じようにベッドに横になったが、背中に鈍い痛みを感じ始めていた。
「マリア、君のお母さんのことなんだけどね。」
「どうしたの。突然。」
「この子が女の子だったら、君のお母さんの名前、須磨と言う名前をつけてあげたいんだ。」
「・・・・・・」
「たった9歳の娘をおいていかなければならなかったお母さんの気持ち。いつまでもマリアを見守っていたかっただろう気持ち。そして、マリアの気持ち。」
「・・・ありがとう。嬉しい。9ヶ月前まではお母さんの事なんて忘れていたのにね、私。・・・・うっ」
「マリア?」
「背中が苦しいの。お願い・・・」
大神は腹部を圧迫しないようにそっとマリアを抱きしめた。
背中の鈍い痛みが徐々に下腹部の規則的な痛みへと変わっていくのを感じながらマリアはつぶやいた。
「きっと、女の子だと思うわ。・・・須磨が・・・はやく逢いたいって・・・うっ」
「マリア・・・」
 

太正17年初夏 大帝国劇場のテラス
 銀座の街明かりを見つめてたたずむマリアの右手には金色のロケットが握りしめられていた。
『淋しくなったら、私にはこれがありますから・・・』
そう告げたときの、大神の瞳が、銀座の明かりと重なり合って滲みはじめた。
「マリア、あたいさあ・・・・。マリア・・・ごめん。」
話かけてしまってから、マリアの頬がぬれているのに気付きカンナは言いよどんだ。
「カンナ。」
「・・・」
「ごめんなさいね、カンナ。」
「隊長もぼけなすだよなあ。まあったく。」
「ふふふ・・・カンナったら。」
「ようし笑ったな。」
「ありがとう。カンナ。」
 

太正15年4月 
 大神一郎は海軍中尉に昇進して、フランスへ留学する事を米田に告げられた。昼間大神が辞令を受けた時には、マリアも何のためらいも無く喜んでくれた。フランスへ行くことを躊躇しかけた大神を、励ましてさえくれた。
 しかし夜になって大神は、正月に行った横浜の海での、そして武蔵に突入するときの司令室での二人の会話、マリアの様子を思い出していた。張りつめた緊張感の裏側に隠れている、マリアのもろさと危うさ、そして、彼女の中で、失うことを恐れるあまり14歳のままで立ち止まってしまっている少女の姿を・・・・・。
「このままでは、だめだ。」
 時計の針はすでに1時を回っていたが、大神は隊長室を出た。
マリアの部屋の前でためらいがちに佇んでいると、ノックをする前に静かにドアが開いた。大神を招き入れながら、後ろ手にドアを閉めるマリアの緑色の瞳に見つめられたとき、大神は自分の杞憂が間違いでは無かったことに気付いた。
「マリア。」
「・・・・。」
「俺は・・・・。」
「・・・・。」
言葉は必要なかった。マリアは左手で髪をかき上げると祈るような瞳で大神を見つめ、次の瞬間には唇を重ね合わせてきた。
かすれ、言葉にならない声が大神の胸の中でつぶやく。
「お願い。隊長・・・」
大神はマリアを抱きしめその白いうなじに口づけながら、答えた。
「隊長はやめてくれよ。」
次の瞬間、マリアの全身から力が抜け二人はそのまま倒れ込んだ。
「フランスへは行かないで。」
「マリア。」
「このまま、いつまでも・・・あ・・・。」
「マリア・・・。」
「いかないで・・・・。」
「・・・。」
「い・・か・・な・・い・・・・で・・・。」
「マリア・・・・。」
「いやああっ、ユーリ・・・・・一人にしないで・・・・。」
大神は何も言わずにきつくマリアを抱きしめた。
マリアの腕が大神の背中にまわり、そして、

・・・時間は止まり二人永久に愛を重ねる・・・

 朝の光のなかで金色のロケットだけを身につけてシーツにくるまれているマリアの姿は、柔らかいパステルの様だった。
大神はいつまでもマリアの顔を見つめていた。
「ふふふ。隊長どうしました。」
「だから隊長は今だけやめてくれって言っただろう。3年前はこうやって顔を見ていただけで怒られたっけなあ。」
「いやですよ、大神さん。」
「それに、初めてマリアの部屋に来たとき、ベッドをじろじろ見るなって怒られて。」
「それは失礼だって・・・」
「そう、それに寝るときはどんなかっこうでって聞いてますます怒られたんだよね。」
「そんなに怒ってばかり居ません!」
「寝てるときは可愛かったなあ。」
「もう、大神さんやめて下さい!怒りますよ。」
「ほら、やっぱり。」
「・・・大神さん、私には、これが有るから淋しくないって・・・。」
そう言うとマリアはロケットを握りしめた。
「フランスへ、広い世界を見てきて下さい。いつまでも待てますから。」

大神がマリアの部屋を出て隊長室に戻ろうとしたときに、アイリスが話しかけてきた。
「お兄ちゃん、もう、・・・」
「おはよう、アイリス。どうしたんだい?こんな朝早くに・・・」
「アイリスの恋人じゃないんだね。お兄ちゃん。」
そう言うとアイリスは階段を駆け下りていった。
 

1998・7・11・完

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