「でぇ〜〜〜?こんなうらなり送ってよこしやがって、いってぇ何考えていやがるんだぁ、まったく?」
秋も深まった銀座大帝国劇場の事務局に届いた荷物を開けながら米田一基は素頓狂な声をあげた。
釘抜きを使って開けられた木箱の中にはおよそ人の頭程もある丸い物が新聞紙に包まれてぎっしりと詰め込んであった。
『手稲村に熊出没、民家の台所を荒らすーーー漬け物用の大根多数被害ーーー』とゴシック文字の見出しが印刷された新聞紙を捲ると中からオレンジ色に輝く大きなカボチャが顔を出したのだ。
「しかも、俺はカボチャは嫌ぇなんだよ。」
手伝っていた藤井かすみと榊原由里も驚いて口々に続けた。
「まぁ、本当。椿ったら熟して無いカボチャ送って来るなんて……。」
「やっぱりあちらは寒いからカボチャもちゃんと熟さないんでしょうかねぇ。」
「あら、支配人手紙が付いてますよ。」
由里がカボチャの包みの間に挟まれていた封筒を見つけて米田に渡した。
可愛らしい封筒に丸い文字で『帝劇の皆様へ』と書いてある。
米田は手紙を開くと自然と相好を崩している自分に気付かずに読み始めた。
由里は手紙の中身が気になるらしく米田の様子をチラチラと眺めている。
「なんでぇ、そういう事だったのか。」
読み終わった米田は手紙をかすみに渡した。
「かすみさん、何て書いてあるんですか?」
「ええっと、ちょっと待ってね、由里。」
そう言いながらかすみは手紙を読み始めた。
「帝劇の皆様お元気ですか?
こちらはもう初雪も降り、秋と言うよりはすっかり冬の様子です。
帝都も随分と涼しくなってきたでしょうか?
さて、今日はとっても珍しいカボチャを送りますね。
お世話になっている寮長さんの御実家でアメリカ式の農業を取り入れたついでに栽培しているそうです。
アメリカではこのカボチャを使って秋にお祭りをするそうなのですが、詳しい事は寮長さんも御存知ないそうです。
花組の皆さんなら誰か御存知かと思い帝劇宛に送っていただく事にしました。」
「ふ〜〜ん、なるほど。」
由里は頷きながらもう一度木箱の中を覗き込んだ。
「アメリカって言うんならマリアに聞けば判るんじゃねぇか?」
「そうですね、じゃ後でマリアさんに聞いてみましょう。」
カボチャを出しながら由里が言った。
「あ、普通のカボチャも入ってますよ、支配人。」
「俺は喰わねぇぞ、嫌いなんだからな。」
「あらぁ、支配人好き嫌いはダメですよぉ、カボチャ美味しいのにねぇ、かすみさん。」
「本当、美味しいんですけれどねぇ。」
米田は肩を竦めると後は任せると言って部屋から出て行った。
マリアが稽古を終えて部屋に戻ろうと廊下へ出たところにかすみが声をかけて来た。
「マリアさん、今良いですか?」
どうやら稽古が終わるのを舞台袖で待っていたらしい。
「ええ、何かしら?」
「すいません、事務局の方まで来ていただけますか?」
「事務局?良いけれど……。」
花組のメンバーが事務局へ行く用事はめったに無いのでマリアは不審げな表情を浮かべた。
しかしその割にかすみがのんびりとした様子だったのでそれ以上聞かないで後について歩き始めた。
事務局のドアが開くと受付の机の上にオレンジ色のカボチャがずらりと並べてある。
「あ、マリアさん!」
由里が顔を見るなり話かけて来る。
「このカボチャ、お祭りに使うって本当ですか?」
「えっ?」
「由里、いきなりじゃマリアさんも判らないでしょう。
実は支配人が知り合いの方からいただいたのは良いんですけれど、なんでもアメリカで秋のお祭りに使うって事しか判らなくて、マリアさんに聞いてみようという事になったものですから。」
「そうなのよね、椿ったら……。」
由里が椿の名前を出しかけたとたんかすみの表情が厳しくなって目配せした。
(椿が北海道に居る事はマリアさん達には秘密なのよ。)
(そ、そうだったわね、ごめんなさい。)
一瞬のうちに二人の間で了解するが、マリアはカボチャに気を取られていたので椿の名前が出た事に気付かなかった。
「これ、ハロウィンのジャックオランタンにするカボチャね。」
マリアの言葉に失態を取り繕うように慌てて由里が答えた。
「ハロウィンって言うんですか?そのお祭り。」
「そうよ、10月31日の夜にカボチャで作った提灯に灯りを点してパーティーをするのよ。」
「お祭りって言うからどんなかと思ったらパーティーなんですね。」
かすみが続けた。
「ええ、子供達が幽霊や魔女に仮装して『Trick or treat!』と言いながら近所の家を回ってお菓子を貰うの、でも大人も仮装して夜遅くまで騒ぐのよ。」
マリアはそう言うと懐かしそうにカボチャを撫でた。
「こんな所でこのカボチャを見るなんて……。」
「仮装パーティー!素敵ですね!ねぇ、やりましょうよせっかくだから。」
「そうね、支配人のお許しが出たらやりたいですねぇ、マリアさん詳しく教えてくださいね。」
「詳しくって言っても私もニューヨークに居たほんの数年間しか向こうのハロウィンは知らないから。
織姫達の方が詳しいんじゃないかしら。」
「ヨーロッパの方でもするんですか?そのお祭り。」
由里が聞き返した。
「国によって違うけれど、万聖節をお祝いする前日にハロウィンをする所もあるようだから……。」
「マリアさんの御国では無かった習慣なのですか?」
かすみの質問にマリアはちょっと寂しそうな表情を浮かべながら答えた。
「ロシアでは無かったわねぇ、もっともそれ以前にお祭り事が出来るような状況じゃなかったから……。」
マリアの言葉にかすみははっとして謝った。
「…ごめんなさい。」
「ああ、気にしないで……。
それよりも支配人の許可がおりると良いわね。」
「そうですよ、ぱぁ〜〜〜っと行きましょう!」
由里が明るく言った。
定期公演の無い日は、夕暮れ前の一時をサロンに集まってお茶を飲むのがこのところの花組の習慣だった。
全員が揃う日もあれば、2〜3人で静かにお茶を楽しむ日もある。
飲み物もお茶だったり、コーヒーだったり、甘酒だったり。
陽の落ちるのが早い秋の夕暮れはサロンの窓から長い長い光の影をつくり出す。
一人きりで部屋に隠るには寂しいと感じた時にぽつりぽつりと集まって、そのうちに誰かがお茶の用意を始める。
今日はアイリスと紅蘭がカフェオレを煎れて皆にカップを配っていた。
「……でも、このカフェオレのボウルって言うのは随分大きいですわよねぇ。
優雅さに欠けるというか、まるで丼ぶりですわよねぇ。
誰かさんのお食事にでも使ったらぴったりねぇ。
おっほほほほほ。」
すみれが聞こえよがしに言い放つ言葉に苦笑しながらマリアはアイリスに礼を言った。
「ありがとう、アイリスとっても美味しいわ。」
「えへへ、マリアありがとう。」
「なんか今あたいの事言ってた嫌な奴の声が聞こえたぜ。」
サロンのドアを勢い良く開けながらカンナが入って来た。
「ああ、一汗かいて来たら喉が乾いたぜ、アイリスあたいにも一杯!」
「ほぉらカンナさぁん、このお茶碗はあなたにぴったりですことよ。おっほほほほ〜〜〜。」
「うるせぇ!」
「はい、カンナ。すみれもいい加減にしないとアイリス怒るよぉ!」
「あら、あらあらうっかりしてたら折角のカフェオレが冷めてしまいますわね。」
さすがのすみれもアイリスを怒らせると恐いのは判っていたので慌てて愛想よく微笑むとカフェオレに口をつけた。
「そうそう、マリア、そこでかすみさんから伝言されたんだけれど、さっきの話オッケイですって言ってくれると判るって……。」
カンナがそう言うとマリアは得心したように頷いた。
「ありがとう、カンナ。
皆、ちょっといいかしら、話があるの。」
「何々?マリア。」
「アイリスと、織姫、それにレニも判ると思うけれど……。
実は31日の夜はハロウィンと言って……。」
「ハロウィンですか〜〜?カボチャ大王ですね〜〜。」
「きゃは。お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ〜〜、ね。」
「何なんですか?マリアさん。」
さくらが不思議そうにたずねた。
「ハロウィン、万聖節の前夜に祝われるキリスト教のお祭り。
古くはケルトの祭日からきているらしい。
カボチャの提灯を飾り、大人も子供も仮装して祝われる事が多い。」
レニが説明する。
「カボチャですって?まぁ、誰かさんの頭の事じゃないんですの?」
「なんだとぉ?」
「すみれはんいい加減にしなはれ。
ハロウィンちゅうたら魔女が箒に乗って飛んでくるやつやな。」
紅蘭にまでたしなめられてすみれは真っ赤になりながらそっぽを向いた。
「魔女?そりゃあ、そこにいる鼻持ちならねぇお嬢様にぴったりじゃねぇか。」
「まぁ!まぁ!カンナさんっ!あなたこそいい加減にしてくださらない事っ!」
「へん!」
「まぁ、二人ともそのくらいにしてちょうだい。
話が進まないわ。
ハロウィンは誰でも魔女や幽霊になるのよ。」
「ええっ!マリアさん本当ですか?
あたし、幽霊なんて恐いわぁ。」
さくらはそう言うと胸の前で両手をぎゅっと握りしめ嫌々をした。
「ふふふ、大丈夫よ、さくら。
シーツを被った可愛いお化けになるだけよ。
支配人の許可が出たから皆でハロウィンパーティーをしましょう。」
「わーい、パーティーだ。」
「そうと決まったらすぐ準備するで〜〜す。」
織姫とアイリスはレニの手をひくとサロンから飛び出して行った。
目的は衣装部屋である。
「そやなぁ、やっぱり派手にいかんとなぁ……。そおや、あれや!」
紅蘭も嬉しそうに何事かつぶやきながら地下へと降りる為出ていった。
「カンナ事務局へ付き合ってくれるかしら。」
「いいよ、ってことは力仕事だね。」
「頼むわ。」
「マリアさん私達は何をしましょう?」
さくらはすみれの方を振り返りながらマリアに尋ねた。
「先に厨房へ行ってくれるかしら。
カンナとカボチャを持ってすぐ行くから。」
そう言いながらマリアとカンナもサロンを後にした。