こうして賑やかに、着々と準備が進められていった。
31日のお昼すぎにはパーティー会場の楽屋の中は黒とオレンジ色ですっかりハロウィン仕様に変わっていた。
それから夕方まで各部屋では各々の工夫を凝らした仮装がなされ着替えの済んだ者から待切れずに会場へ集まり始めた。
「綺麗は汚い、汚いは綺麗。」
と作り声で合唱しながら入って来たのはマクベスの3人の魔女に扮したアイリスと織姫、レニだった。
「お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ〜〜!」
「そうで〜〜す、魔法かけちゃうで〜〜す!」
「……。」
可愛らしい魔女3人はクルクルと回りながら皆の間を移動して歩いた。
優雅な黒猫になって喉をならしながら入って来たのはすみれ。
しなやかな猫の仕種で黒い扇子をそよがせる姿はさすがである。
長身で凄みが一層増しているファウストに扮したカンナの衣装はリア王の時の物にかなり手を加えて作り直されていた。
マリアは死神の仮装をしたのだが、いつも黒い服を着ているせいか長い鎌も違和感無く様になっている。
紅蘭の頭の上に乗っているジャックオランタンは良く見ると何やら時々蒸気を吹き出している。
「それ、まこと君に似てますね。」
とスクルージに未来の扉を開けてみせる幽霊になったさくらが紅蘭に話かけた。
「そや、似てるやろ?実はまこと君・改2号なんや。」
紅蘭が嬉しそうに答えると思わずさくらは数歩後ろに後ずさりした。
さすがに普段舞台衣装など着ない立場のかえでとかすみと由里は仮装と言っても白いシーツを被った幽霊になり戯けながら楽しげに入ってきた。
米田が「眠れる森の美女」の魔女の衣装で現われた時には意外と似合うので大受けだった。
「てやんでぇ、魔女かおばけだって言うから着たまでの事よ。」
薔薇組の面々はドラキュラ、フランケンシュタイン、狼男に変身していたが、誰がどの扮装かは説明するまでも無いだろう。
加山は恥ずかしがる大神を上手く説得したようで二人でミイラ男に変装していた。
普段は広く思える楽屋の中もこれだけの人数が集まればさすがに狭い。
しかし、魔女米田の
「今夜は無礼講だ、皆思いっきり楽しんでいいぞ。」
という挨拶に歓声が響き渡った。
「やっぱり、この部屋の何処かに落としたんだわ、きっと……。」
マリアはそう言いながら楽屋へ入っていった。
楽しかったパーティーの余韻が残る中、マリアは床の上に気をつけながら金色に光るロケットを探した。
部屋に戻って着替えをする段になって胸のロケットの無い事に気付いたのだ。
慌てて部屋の中や仮装の衣装を隈無く調べたのだが出て来なかった。
パーティーの前に着替える為裸になった時は間違い無く胸元に下がっていたので、部屋の中に落ちていないと言う事は、楽屋までの廊下か楽屋の中に有るはずだった。
廊下を注意深く探しながら楽屋までやってきたのに見つからなかった。
「困ったわ、誰かに中を見られたら……。」
そう独り言を言いながらマリアはふと大神の顔を思い浮かべていた。
「早く見つけなきゃ……。」
マリアは楽屋の中を探し始めた。
楽屋の中はさすがに明日に片付けを持ち越しただけあって気が遠くなりそうな程散らかっていた。
探し物をするには大変だったけれどもマリアは必死だった。
明日の片付けの最中に誰かに拾われたら、そしてもし中を開けて見られてしまったら取り返しがつかないと気が気ではなかったのだ。
「ああ、どうしましょう。」
あまり大きな音を起てられないので慎重にと思うと作業の能率が悪かった。
誰かが来たらすぐ判るようにと少しだけ開いていた扉から、楽屋の中にまだ人が居るようだと見回り中の大神が気付いた。
ゴソゴソと物を動かす音に誰かがまだ残って後片付けをしていると思って楽屋の中に入って来た。
「もう遅いから片付けは明日に……、やぁ、マリアだったのか。」
「あ、隊長。」
大神の姿にマリアは狼狽した。
「ご苦労様、でも今日はもう遅いから……?」
後ろめたそうにするマリアの様子に大神は不審げに口を閉じた。
「いえ、違うんです、ちょっと忘れ物をして探しに来たものですから。」
そう言って大神から視線をそらしたマリアはその先の鏡の前にキラリと光る物を見つけた。
そこは先程のパーティーの時マリアが居た場所で、多分その時床に落としたのを誰かが拾って鏡の前の棚に載せておいてくれたのだろう。
「あっ。」
小さな叫び声をあげるとマリアは鏡に駆け寄ってロケットを掴んだ。
ほっとしながら素早くポケットに滑り込ませると、急に大神の事が気になった。
もしや何を探していたのかばれてはいないだろうかと心配になったのだ。
このロケットをニューヨーク出張中に密かに買っていた事は内緒だった。
特に大神とは前のロケットを一緒にロシアに置いて来ているのだから尚更秘密にしていたのだ。
マリアは鏡の中に映る大神の姿を見つめた。
背後に立つ大神はマリアの肩ごしにやはり鏡の中のマリアの姿を見つめていた。
「探し物が見つかったようだね。」
安堵の表情を浮かべながら大神の姿を見つめるマリアの瞳に向かって鏡の中の大神も微笑んだ。
どうやら素早く取り上げたのでマリアが一体何をポケットに隠したのかは判らなかったようだ。
「ええ、見つかりました。
……隊長、あの……あ、いえいいんです。」
そう答えながらマリアも鏡の中の大神の瞳に向かって微笑み返した。
マリアが微笑んだ時、帝劇のロビーの大時計が12時の鐘を鳴らし始めた。
ハロウィンの夜が更け日付けが変わった事を知らせる為に。
「やぁ、もう12時だ。
明日に備えて、というかもう今日だね、今日に備えてもう休もう。」
「そうですね、隊長。
私も部屋に戻ります……あっ。」
マリアは急に赤面した。
「どうしたんだい?マリア。」
マリアの心の中を『ハロウィンの予言の鏡』という言葉がよぎったのだ。
それは以前織姫がさくらに説明していたおまじないの事だった。
夜中の12時に合鏡を覗くと未来の伴侶の姿を見る事が出来る、というものだ。
今は合鏡を覗いていたわけでは無いのだが、しかし偶然にせよこの時間に大神と二人、同じ鏡に映っていたのでふとその事を思い出したのだ。
しかし、そんな事を大神に話すのは気恥ずかしく、とてもマリアが口に出せる話題では無かった。
「いえ、な、何でも無いんです、隊長。
お休みなさい。」
マリアはそう言い残すと慌てて楽屋から逃げるように飛び出して行った。
「お、お休みマリア。」
マリアの後ろ姿に声をかけると、狐につままれた様な顔をして一人取り残された大神は何がなんだか判らないまま楽屋の灯りを消すと見回りの続けた。