あの日からいったい幾度見た夢だろう……。
<マリアの日記>
『築地での戦闘に於いて少尉が負傷する。
三日間意識が戻らない。』
『戦闘中の判断ミスとしか言い様が無い。
やはり彼には隊長としての器が無いという事なのだろうか。
……やっと意識が戻った様なので後で少尉の様子を見て来る事にする。』
神妙な様子で隊長室から出て来た5人は足音を忍ばせていた。
一番最後にすみれがドアノブに両手を掛けて慎重な程そっと閉めるとそれぞれの部屋へ向かう。
大神の意識が戻っているという事で皆一様に明るい表情を浮かべながら。
夜が更けて、大神の部屋の前で立ち止まったマリアはしばらく中の様子を伺っていた。
ドア越しに規則的な寝息が聞こえて来る。
下手に声を掛ける事で大神の眠りを妨げてはとマリアはためらいがちにドアを開けた。
薬が効いてるのか人の気配がしても気付かずに大神は眠っている。
ベッドサイドに立って大神の顔を思案気に見つめながらマリアは手袋をはずし右腕を伸ばした。
「……。」
そっと掌を当てると傷から来る発熱で火照った大神の額の熱さが伝わって来る。
「…う、うん……。」
冷たい掌の感触に朦朧とした意識の底から這い上がろうとして大神が身動きした。
慌てて手を引っ込めたまま大神を眺めていたマリアは彼がまた深い眠りの底に落ちて行くのを確認すると静かに部屋を出た。
あの時、躊躇しなければ敵を撃てていたはず。
(あの時、躊躇しなければあの人は……)
任務と目前の民間人の命とどちらが重いというのか。
(任務と目の前の恐怖と……)
少尉の怪我は、少尉自身が……。
(あの人が……のは、私が……)
戦闘中の判断ミスがどれほどのダメージを引き起こすか考えも及ばないというのなら。
そう、どれほどのダメージを……。
一歩間違えていたら、怪我だけでは済まなかった。
少尉が命を落としていたかもしれない。
戦闘中に少尉が、隊長が命を落としたら残された隊員達は……。
残された……。
(あの時と同じ。あの時と……)
「い、いやぁっ!」
思わず叫び声を上げてしまった自分に動揺しながらマリアは慌てて自分の口を両手で塞いだ。
そうしなければ夢の続きのままに悲鳴が止まらない。
手を離せないまま身動き出来ないマリアの頬を伝う涙が赤い革手袋の上に黒ずんだ染みをつくった。
「そこまでは考えていらっしゃらなかったのでしょう?」
「……。」
「あなたは……、あなたは隊長失格です!」
そう言い捨てたマリアは後を追おうとする大神に一瞥もくれずに部屋を出た。
カンナが私を責める。
話さない事で責める。
何故?
すべてを話さなければお互いを理解しあえないと言うの。
私らしくない?
私は……。
もう皆、私にかまわないで……。
少尉、私なんかにかまわないで。
私を放っておいて。
たとえ私の事で敵が挑発してきたとしても。
お願いだからもう私を放っておいて。
何もかも捨てて国を出た時から何も怖く無かった。
あの時から私の時間は止まっているのだから。
私には何も無いのだから。
恐れるものも何も無いのだから……。
何も……。
だから……だからもう私にかまわないで……少尉。
少尉……。
『私は何を恐れているのだろう?』
「おれの判断ミスかもしれない。
でもここできみを見捨る事は出来ない。
自分の部下も守れなくてなにが隊長だ。」
ばかだよ……あんたたち。
私なんかの為に……。
ばかだよ、本当に。
ば…か…だ…よ……、隊長……。
私なんかの為に……。
隊長……。
私なんかの……。
でも、もう恐れない。
もう迷わない。
隊長!
私は、私は帝国華撃団の隊員だ。
隊長、大神隊長。
ありがとうございます。