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誰にも認められない暗い情熱

第一回 DDR健康管理法

 コンクリートで固められた塀の内側は、熱狂の渦と化していた。
 この夜、『イベント』に集まった群衆はすさまじい数である。この『イベント』のために 塀の上に設置された照明設備は、甲子園球場のナイター設備の10倍に及ぶ光量なのだが、 その照明を持ってしてもこの大群集の全景を照らし出すことは到底かなわぬほどであった。
 群集の盛り上がりは全くと言っていいほど統率がとれていない。怒声や奇声をあげる者、 拳を振り上げる者、口汚いスラングが書かれた旗やボードを掲げる者、凶器を振りかざして 周囲に害を及ぼした挙句、それに対する報復の波に呑まれる者。それらの動きは暴力的で混沌としており、 言い表すならば極めて規模の大きい暴動と言ってもよかった。
 こうしてDJブースで眺めている間にも、この渦の中ではスクラップ化されるように何人もの 人間が死んでいる。そのことを考え、DJは自分の手のひらがじっとりと汗ばむのを感じた。 しかし、恐怖はない。罪悪感もない。怯えている暇などないのだ。興奮を抑える必要はない。この熱狂を 正面から受け止め、自らのテンションを突き上げていかなくてはならないのだ。正常な精神状態で、 こんな恐るべき事態に向き合うことなどできるはずがない。例え心を病んでしまったとしても、他に自分に できることはない、選択の余地などないのだ。
 それにどうせ奴らはもはや人間扱いされていない、社会的無能力者の集団だ。奴らを相手に、何も 気に病むことなどあるものか。そうとも、そう考えながら、歯を食いしばってDJは自分に言い聞かせる。

『DDR健康管理法』が施行されて1年。この法律のために人権を剥奪された人間の数は、すでに数百万人 に達していた。人権を剥奪された人々は『保護区域』と呼ばれる地域、すなわち『塀の内側』に強制的に 隔離され、社会的な営みの一切が禁止される。そして、これらの人間がかつて生活を送っていた社会に対し、福祉、 労働、金銭の使用、そして犯罪等々、何らかの形で社会に関わったことが認められた場合、直ちに害獣として 『有害鳥獣駆除法』により『適切な処置』が行われた。
 法律施行前、この政策はあまりにも道徳的に問題があるとされ、多くの良識ある人間がヒステリックな反応 をかえすことを日本政府は懸念していた。実際、施行前からこの政策に対する嵐のような反対運動が各地で 巻き起こり、日本ではすでに忘れ去られたと思われた、数多くの大規模な暴動さえも発生した。
 だが、それでも日本政府にはこの政策を強行せざるを得ない事情があった。実のところ、多くの日本国民も 当時の状況を何とかしなくてはならないことを理解してはいた。だが、すでに何の努力もなしに何不自由ない生活 を送れることが当然の状態に慣れきった人々にとって、自分たちの生活と直接関係のない問題に目を向け、 ましてやそれについて論議し、行動するなどということは、『集団の原理』から逸脱した、例外扱いの別世界の ことであった。

 当時、日本は予想されていた以上の早さで、超高齢化社会を迎えていた。60歳以上の高年齢者の数は全国民の 3分の1以上に及び、それと共に日本経済の基盤を支える『働く世代』の負担は際限なしに増していった。
 福祉のために消費税が引き上げられ、当然の如く消費は落ち込み、多くの会社が経営危機に陥り、失業者は 増加の一途を辿り、もはや日本経済は大荷物を抱えたまま底無し沼に引きずり込まれる、一匹のロバと化していた。
 経済学者は、影で口を揃えて言ったものだった。

「日本の平均寿命世界一は、今や世界に誇るべき数字ではない。そのせいで経済の基盤が脅かされているのだとしたら、 むしろ恥ずべき数字なのではないか。長寿が人間の幸福に繋がるなどという幻想は捨てるべきだ」

シルバーシート

 当然、誰もが不況の原因に気づいていることが分かっていても、こういった発言を表立って口にできる者は いなかった。しかし、例え道徳的にそのような発言をすることを自らに禁じようとも、真っ先に抜き差しならない 状況に置かれる分野、取り分け医療現場では、言葉よりも数字が強大な発言力を持っていた。この状態を 重く見た海外のある医師は、皮肉を込めてこう言った。

「このままでは、日本は老人と医者とヘルパーだけの国になるだろう」

 もはや日本経済が真の破綻を迎えるときまで、一刻の猶予もならないことは明白だった。この期に及んでも 保守的な人間は、消費税を66%まで引き上げることを承諾していたが、『消費税が必要ない社会』 を実現するための『政策』を唱える一派によって、消費税のこれ以上の引き上げは却下されることになった。
 しかし、それほどの時間を待たずして、消費税そのものが完全に撤廃されることになろうとは、一部の人間以外は 予想していなかった。

 日本経済の空前の大不況と時を同じくして、やはり同じく空前と呼ぶにふさわしい状況が起こっていた。 ダンス・ムーヴメントである。
 ストレスを蓄積させるための仕掛けが張り巡らされている近代社会においては、無意味なものにこそ 人々の関心が注がれた。民放のバラエティー番組しかり、コンピューターゲームしかり、ダンスしかり。 中でも、リズムに合わせて好きなように体を動かすダンスは、スポーツと違って運動能力で優劣をつけられる わけではないために、手軽にストレスを発散するための娯楽として、広く国民に浸透していた。
 ダンスパーティーなどが頻繁に行われ、1つのパーティーに数千人、ときには野外で数万人の人々が参加する 大規模なものが行われることもあった。それらのダンスは、以前に一般的に認識されていた、ダンサーと呼ばれる 人がお立ち台で見せるための職業的なものではなく、ただ自分たちが好き勝手に体を動かして楽しむための 大衆的なものであった。このムーヴメントは日本より以前にも世界各地でも巻き起こっており、このことは相対的に、 近代社会から受けるストレスの大きさを物語っているのかもしれなかった。

 日本政府は、恐ろしい着想を持っていた。この自由なダンスでさえも、社会のシステムに組み入れ、秩序の ために利用しようという政策が進められていたのだ。問題は、経済の危機であった。経済の危機を脱するためには 消費税を撤廃するしかないのだが、そうなれば高年齢者に対する福祉を停止しなくてはならないことは 自明の理であった。そこで、本当に現在の福祉制度を撤廃してしまうことになった。
 恐るべき発想であったが、状況を打開するためには他に道はないことは誰もが承知していた。そしてこの政策のために、 社会的に働く能力のない者を選別し、それらの者に対して『然るべき処置』をする必要があった。

 その選別に使用されるシステムこそが、ダンスによって運動能力、即ち健康状態を推し量ることができる システム『DDR』であった。4つのフットパネルを使用して、音楽に合わせて譜面通りフットパネルを 踏んでいくというゲーム的なものであったが、このシステムで国民に対して試験を行い、課題曲をクリア できなかった者は戸籍を剥奪され、福祉を停止され、社会参加の権利を失うことになったのだ。
 このシステムは正式採用され、法案を可決し、『DDR健康管理法』という名の法律として、国民に 恐れられる存在として、ついに具現化した。



DDR健康管理法第1条 20歳以上の成人男性は、パラノイアをクリアできなくてはならない。



つづく

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