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誰にも認められない暗い情熱

第四回 人間の性能

 巨大なダンプカーが、『保護区域』へと続く道を疾走していた。ダンプの荷台には、 この付近一帯のコンビニで売れ残ったパンや弁当などの食料品が山のように積まれている。
 もちろん、このようなコンビニの売れ残り商品ならダンプカーなどではなく、もっと積載量の小さい トラックに積むはずだと誰もが考えるであろう。本来なら巨大な丸太や大量の砂利などを運ぶ ためのダンプカーに、売れ残ったコンビニ弁当が山のように積まれているというのは 非常にミスマッチで滑稽なものに見えるに違いない。
 だが事情を知る者にとってこのダンプカーは、ただでさえ恐れられているシステムDDRの、 その暗黒面を一層際立たせる不条理の象徴として映っていたのだった。

 ダンプカーの行く手に、『保護区域』の象徴である無機質で長大な塀が現れた。この塀の内側には、 システムDDRの犠牲となった者達が明日をも知れぬ思いで大挙しているはずだった。ダンプカーの 運転手は、そのことを思うとこの高くそびえるコンクリートの塀が酷く冷酷なものに思えてならない。
 いや、それは実際に冷酷な存在であるということは知っていた。きっと、この『保護区域』から塀を乗り越えて 外の世界へ脱走しようした人間もいるに違いないと考える。だが、そのようなことをした人間は 『有害鳥獣駆除法』の適用により射殺することが許可されているのだった。もはや彼らは人間扱いされる 権利を剥奪されている。そのような輩が人間と同じ姿をしてこちら側の社会に踏み込んできたのでは 無用の混乱を招いてしまうのだ。そのようなことはあってはならない。あってはならないとされているのだ。
 まさにこの冷酷な長大さを誇る塀こそが、社会的に認められた人間とそうでない者との 境目そのものだった。

 その塀の頂上に向けて設けられた坂道を、ダンプカーはバックしながらゆっくりと慎重に登って行く。 運転手は背後から、人間を辞めさせられた人間達の喧騒を感じ取っていた。何度ここに来ても、彼は 最悪の気分になる。彼にとっても、システムDDRの受験に失敗すればいつでも向こう側の世界に 落とされることになるのだから他人事ではなかった。絶対にこんな中に混じりたくはないと考える。
 やがてダンプカーが坂の頂点に到達すると、塀の内側に大挙した人間達のこの世のものとも思えぬ 飢えた歓声が響き渡った。彼らは一様に両手を上げ、ダンプカーが運んできた食料を渇望している。
 ダンプの荷台が持ち上げられ、パンや弁当などの食料品が塀の内側に雪崩れ込んでいった。すると 人々は、一層殺気立った勢いで手を伸ばし、落ちてきた食料に向けて殺到した。彼らは、血眼になって 与えられた餌を奪い合った。全員もみくちゃで、何人死者が出ていてもおかしくはない。狂気の光景だった。

「あんたは行かないのかい」

 塀の内側にあって、この喧騒をしゃがみこんで遠目に眺めている二人の男がいた。一人は痩せこけた頬が 印象的な中年男性で、もう一人は同じく栄養失調気味な顔をした若者だった。先に声をかけたのは、中年の方だ。

「……プライドが許さん」

 若者は、かすれた声ながらも毅然とした態度で答えた。飢えているのは彼らとて同じであり、 このままでは餓死を待つばかりではあったが、今の二人にはあの喧騒の中で食料を奪い合う 体力はないだろう。だが彼の言葉には、そのような事実を認めた諦めから来るものではない、 もっと確たる意思が感じられた。

「まだそんなこと言ってられる奴がいるとはな。まあ、プライドがあろうがなかろうがもう 関係ないんだけどな、俺達は」

 中年は、諦観した様子で言った。彼は疲れていて、この絶望的な状況を半ば嘲笑していた。 ある意味、このような心境で死を迎えることはそれほど不幸なことではないのかもしれない。

「……おっさん、いつからここにいるんだ」
「いちいち数えてねえけど、もう一ヶ月ぐらいになるかもな。もうあの中に入る気にはならねぇよ」

 中年の視線は、食料を奪い合う人々の姿に向けられていた。

「DDRを見て野次ってる奴らの中にも入りたくねぇ。お前、知ってるか。ここがいっぱいになったら 溢れた分だけ外に出れるって話。皆そう言われてるけどな、毎日落ちてくる奴らと同じぐらい毎日死んでる んだし、そのぐらいで助かる奴がいるぐらいならDDRなんて始めからいらねぇじゃねぇか」

『保護区域』が極度の過密状態になるのを防ぐために、DDRの落第者が増えすぎた場合は その分だけ塀の内側の人間に人権の復帰が認められるという制度があった。DDRの最中に 人々が大挙して罵声を飛ばすのは、一人でも多く落ちればもしかしたら自分が外の社会に 復帰できるかもしれないという期待があったからだった。実際に、そのようにして『保護区域』 を出ることができた人々のリストも発表されている。だからこそ、彼らはDDRの受験者が 落ちることを願って止まないのだ。
 しかし彼らには、それが結果的にDDRの落第者を増加させる事態に繋がっているということに 気づく余裕はなかった。

「あんた、珍しいよ。ここから出たいって気はないのか?」

 中年の問いに、若者はしばし考えを巡らせた。答はすでに決まっているが、 それを伝える言葉を選んでいる、といった様子だった。

「俺は、クリアできたんだ」

 彼は、おもむろに口を開いた。中年は、黙って聞いていた。

「俺は、必死に練習した。上達は遅かったけど、練習したんだ。パラノイアだって、完璧だった。俺は努力した。努力したんだ」

 若者は、わけも分からぬうちに弁明を始めていた。負け惜しみと呼ぶにはあまりに過酷な弁明 だった。みっともないことを言っているという自覚があっても、一度堰を切った感情の流れは 止めることはできない。彼は必死に言葉を紡いだ。
 しかし言葉は残酷なことに、どんなに心を吐露しようとも事実に抗う力を持たないのだ。

「……くそう!」

 言葉にならぬ思いが口を突いて出た。それは彼の心の内から搾り出された、慙愧の念であった。 彼はその場にひざまずき、そして泣き崩れた。

「…………努力ってヤツは空しいよなぁ、おい」

 中年は、さきほどまでと変わらぬ口調で語り始めた。

「『人間に限界はない』なんて嘘っぱちだ。限界ってのは、越えられないから限界なんだ。 限界が10だとしたら、努力で9にはできるかもしれねぇ。もっと努力すりゃ、9.9にもできるだろう。 死ぬほど努力を続ければ、9.99までできるかもだ。けど、それじゃあどんなに頑張っても11のハードルは越えられねぇ」

 彼の言っていることは、極めて残酷な事実であった。それはスポーツの世界に通ずる残酷さだった。 努力が報われる唯一の形が『勝利』だとしたら、報われない努力というものはこの世界にどれほど 溢れているのだろうか。だから人は、勝利以外のところに価値を見出そうとする。しかし、DDRに 限って言えば、システムDDRには、勝利以外にはゴミ以下の価値しかあり得ないのだ。

「いや。そんなことはない」

 中年は、瞠目した。つい今まで泣き崩れていた若者が立ち上がり、泣きながらもそう言ったのだ。 だがその言葉はどこまでも空しい響きしかなく、中年の諦観は動かされることはなかった。

「見てくれ。俺のパラノイアを」

 そう言うと、若者はパラノイアのシャドウステップを始めた。その動きからは、彼の努力の片鱗がうかがえる。 少なくとも、譜面を暗譜するところまで努力はしたのだ。これならば、本来の実力ならクリアはできていたのかも しれない。だが現実にとって、もはや全ては無意味であった。
 あまりの無意味さがかえって悲しみを誘い、中年の心はわずかに波立ったが、その涙腺が開かれることは 結局なかった。

 やがて体力が尽きたのか、若者は連打の個所の半ばで倒れた。そしてそのまま起き上がることは なかった。
 中年は彼に拍手を贈った。
 だが、その力ない拍手の音は食料を奪い合う群集の喧騒に掻き消され、誰の耳にも響くことはなかった。



つづく

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