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誰にも認められない暗い情熱

第五回 DDRテロリズム

 振り下ろされた金属バットの衝撃がDDR筐体のモニターを打ち砕いた。乾いた不快音の後に 火花が飛び散り、灰色の煙が立ち昇る。一瞬にして変わり果てた姿になったモニターは、もう DDRのプレイ画面を映すことはなかった。
 続けざまに、筐体上部のスピーカーにもバットが振り下ろされる。何度も、何度も振り下ろされる。 スピーカーは容赦ない攻撃を幾度も受け続け、衝撃を受けるたびにそれは異様な角度に傾いていった。 この暴力の執行者は、力の限りを尽くしていた。その結果、ついにスピーカーは無残な姿になってもげ落ちた。
 すると彼らは熱狂し、雄叫びをあげて一斉に拳を突き上げた。

「どけ!」

 別の男が、背丈ほども柄の長さがある巨大なハンマーを持って現れた。先端には赤茶けた重厚な鉄の塊 が取り付けられている。鍛造などで使用される、本格的な代物だった。
 そのハンマーを、男は大きく振りかぶった。力任せに鉄の塊が筐体のフットパネルに打ち下ろされる。 耳を塞ぎたくなるような鈍い衝撃音が轟いた。すると、あれほど強固に設計されたDDRのフットパネルに、 小錦関がコサックダンスを踊っても壊れないように設計されたフットパネルに、大きな亀裂が入った。 それを見た周囲の同志達から、より一層の熱狂的な歓声があがる。
 その反応を見て取った男は恍惚の表情を浮かべ、更なる一撃を加えようと再びハンマーを振りかぶった。 そのときだった。

「貴様ら! 何をしている!」

 現場に突入した警官隊の一人が、怒声をあげた。群集は一斉に振り返り、憎悪に満ちた血走った目を 警官隊に向けた。ハンマーの男が、叫んだ。

「ポリだ! やっちまえ!」

 その声を合図に、鈍器で武装した男達が一斉に警官隊に向かっていった。直ちに先頭の警官が殴り倒された。 彼らの殺気は一目瞭然であった。警官隊は、拳銃を抜いた。

「貴様らあああぁぁぁっ!」

 法律により、『システムDDR』に賛同しない者は自動的にDDRの落第者と見なされることになっていた。 彼らには、『有害鳥獣駆除法』により『適切な処置』が下される。警官隊は、狂ったように発砲した。

 後に警官隊の一人は述懐する。彼らの歓声には、目的を見失いただ手段に走った者たちに見受けられる、空しい 響きがあった、と。

 DDRトレーニングセンター。受験者がシステムDDRの合格を目指すための訓練施設である。 施設には幾つものDDR筐体が並んでおり、受験が迫った者などが鬼気迫る様子で練習に励む光景が 常時見られる場所であった。
 さきほどの忌々しい事件の現場は、この施設の一角である。彼らはシステムDDRの反対勢力であり、 DDRによって家族や友人を失った者達であった。
 今回の彼らの犯行は突発的で計画性がなく、被害も小さかったので事態の収拾は比較的容易だったが、 今後も彼らのようなDDRの反対勢力が蜂起する可能性は極めて高い。その際は今回のような乱闘事件 ではない、計画性のある犯行が行われることも十二分に予想される。
 警察はこれまでとは比べようもないくらいに、DDRに対するテロリズムに重大な警戒を強いられるようになっていた。

『保護区域』に向けて、今日も社会不適応者達への『餌』を運ぶダンプカーは走っていた。積荷である『餌』の 内容は、例の如く賞味期限の切れたコンビニのパンや弁当である。だが、今回の積荷はそれだけではなかった。 ダンプカーの運転手は、このことを知っていた。普段からこの仕事は嫌な仕事だと思っていたが、今回の仕事には別の 緊張が走っていた。普段通りにしていれば良いと分かっていても、彼の脳裏には不安と興奮が同時に渦を 巻いている。運転手が『塀の上』までの道のりをこれほど長いと感じたのは、初めてのことだった。
 ようやくダンプカーが『保護区域』に到着したときには、シートが運転手の汗で湿っていたぐらいだった。

『保護区域』の塀の上から、ダンプカーに積まれていた『餌』が雪崩落ちて行った。いつものように、 塀の内側の群集が必死の形相で食料に群がる光景が展開された。だが、その中にあって食料など眼中にない、 食料ではない何かを探し続ける男の姿があった。周囲の群集の中にはそんなことに気づいている者など 一人としていなかったが、ダンプカーの運転手だけはその男の存在を知っていた。
 全ての食料を落とし終えた後、ワンテンポ遅れて落ちてきた小さな箱を、男は全力を尽くして キャッチした。運転手はミラー越しにそれを見届けると、奇妙な安堵感と共にダンプカーを発進させて 去って行った。

「さぁ〜っ、次の挑戦者はツワモノだ! なんてったって、前回のダンスのパラMAXの全繋ぎの達成者 だからネ! それでは、今回はこのナンバーでいってみよう! パラノイアァァァリバァァァァスッ!」

 その日の夜の出来事であった。この日もシステムDDRの受験は平常通り行われていた。 クレーン車から吊り下げられた『檻』の中で、緊張した面持ちで曲の開始を待つ若者の姿が ライトアップで照らされていた。DJのアナウンスで言っていた通り、彼はDDRに関しては 相当な実力者であり、このときの課題曲である難曲『パラノイアリバース』のクリアも 容易に成し遂げられるものだと誰もが思っていた。
 しかし、そうは言っても何が起こるのか分からないのがこの『塀の内側』で行われるシステムDDR の試験の本番である。いつものように眼下の群集は彼に対して邪悪な期待を寄せており、彼はその 重圧を全身で感じていた。

 曲が開始され、猛烈な勢いで譜面のオブジェクトがせり上がってきた。彼は膝でリズムを取りながら、 プレッシャーに抗うように最初の一歩を踏み出した。
 彼の動きは、本物だった。無駄のない軽やかで正確なステップで、次々にせり上がってくる矢印を さばいていく。あれほど感じていた重圧でさえも自分の力とし、肉体はベストな緊張状態を作り出していた。 中盤の難所も踏み外すことなくことごとく繋いで行き、彼の口元には余裕の笑みすら浮かんだ。
 眼下の負け犬達のため息や歯軋りが聞こえてくるようであった。

『いける』

 彼は自分の絶好調を確信し、全繋ぎを狙える状態にあることを意識した。すでに合格不合格といったことは 彼の眼中にはなく、頭の中は全受験者の最高成績を上げることで占められていた。
 そうとも。俺は下の奴らとは違う。俺はこの狂った社会の中でも生き延びられる優れた人間なのだ。
 そんな高慢な考えが脳裏をよぎった、次の瞬間だった。

 パン、という乾いた音が響き渡った。同時に、彼は体に変な衝撃を感じた。そのことに気をとられて彼は オブジェクトの一つを踏み外し、せっかくの全繋ぎのチャンスを逃してしまった。しかし、それでも彼は 持ち直そうとした。運悪く全繋ぎを逃してしまっても、まだまだ余裕で合格は可能だ。俺が落ちるわけがない。 残念だったが、記録更新は次の機会にお預けだ……そんなことをのん気に考えながら、彼はフットパネルの上に、倒れた。

 DJは混乱し、アナウンスを続けるどころではなかった。そんなバカな。受験者が狙撃されただと? 前代未聞だ。 こんなことがあってなるものか。なぜだ。なぜ、こんなことが起こる。なぜ、よりによって俺が担当のときに……!
 DJの混乱をよそに、早くも鎮圧部隊が動き出そうとしていた。塀のゲートが開かれ、装甲車が 群集の中に突入して行く。塀の内側は大パニックに陥った。筆舌に尽くし難い凄惨な光景が展開され、 DJは精神のバランスを失って口から泡を吹いて倒れた。

 大混乱の最中、狙撃された受験者に気を払う者などどこにもいなかった。彼は、落ちていなかった。 彼は倒れながらも全身でフットパネルを叩いて、最後までゲージを残していたのだ。
 しかし、そのことに意味を見出せる者は彼自身も含めて、もうどこにもいなかった。
 システムDDRの受験は、この日初めて外部からの妨害を受けるという失態を演じた。



つづく

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