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誰にも認められない暗い情熱

第七回 反DDR過激派組織

「なんだって?」

 薄闇の中、静かに対峙する二人の男の姿があった。うちの一人、コードネーム『クレイジークレイマー』と呼ばれる男は、 もう一人の男の発した言葉に耳を疑い、開けた口を塞ぐことすらままならずに再び確認の問いを口にしていた。

「もう一度言ってくれ」
「何度でも言ってやる。我々『格芸派』は、DDR省長官を暗殺し、現行のDDR体制を転覆させることを計画中だ」

 問われた男は、先ほどと同じ調子で言葉を繰り返した。気のせいだろうか、その声は心なしか弾んでいる ようにも聞こえる。
 彼は反DDR体制の過激派組織『格芸派』のリーダーであり、近年急増するテロの対策に追われる公安調査庁の ブラックリストにも記載されている危険人物であった。その男が、DDR健康管理省長官を暗殺し、体制を転覆させる 計画を進めていると言う。
『クレイジークレイマー』の胸は高鳴った。ついにそういうときが来たのか。 彼は全身が震えているのを隠そうとはしなかった。顔の筋肉が緩み、恍惚の笑みが浮かぶ。心の底から湧き上がる 感情は、歓喜だった。
 リーダーは、そんな『クレイジークレイマー』の様子を見て取ってなお、言葉を続けた。

「『格芸派』は、君の協力を必要としている。力を貸してくれないか」

 しばしの沈黙があった。だが、この沈黙はもはやこの問いの答えを待つまでもない、無意味な時間であった。 『クレイジークレイマー』は不気味に笑い出したかと思うと、今度は右手で口を押さえ、笑いを殺しながら 返答を口にした。

「クク……野暮なことを聞かないでくれ。そういうことなら、たとえ声をかけられなくてもこっちから押しかけてでも 首を突っ込んでやるさ。そうか。ついにそういう大事に俺も手を下せるってわけだ!」

 薄闇の中、何者かの哄笑が響き渡った。






 二人の会話は、移動中の車内に移っていた。車のハンドルはリーダーが握っている。彼らがどこに向かっているのか、 当の二人の他には知る由もなかった。二人はしばしの間無言だったが赤信号で停車すると、『クレイジークレイマー』 が思い出したかのように口を開いた。

「なあ、犯罪にも思想が必要だとは思わないか」

 リーダーは答えずに、黙って信号が変わるのを待っていた。ただ、表情だけは何か思うところがあるのか、 やや険しいものに変わっているのが見て取れた。やがて信号が青になり、アクセルが踏み込まれる。 加速Gが収まったところで、リーダーはようやく口を開いた。

「俺達のやろうとしていることは、犯罪ではない。革命だ」

 しかし、『クレイジークレイマー』はその遅れた返答を嘲笑うかのように言い返した。

「どっちも似たようなもんだろ。犯罪も革命も、お上の言うことを聞かないって意味じゃ大して違いはないさ。 違うところがあるとすれば、それは大義名分だ。それがあるのとないのとじゃ、張り合いが全然違ってくる。 『大儀は我にあり』ってな。DDRがなかった頃、思想もクソもないガキどもの犯罪がバカみたいに騒がれてた けどな、俺に言わせりゃありゃ『もったいない』の一言だな。人生の捨てどころを間違えてた」

 リーダーは、ただ黙って車を運転していた。この男に論点を合わせて会話をする自信がないのか、 すでに全ての言葉を聞き流す体勢に入っている。そんな彼の様子に気づいているのかいないのか、 『クレイジークレイマー』はさらにまくし立てるように喋りつづけた。

「その点、今の時代は魅力的だ。お上が悪だってハッキリしてるからな。暴力も犯罪も、向けるべきところが ハッキリ決まったんだよ。もう我慢することはない。憤りをぶつけるべき場所は用意されたんだ!  俺達に必要なのは、未来じゃない! 大義名分を振りかざして奴らと殴り合える、あの充実感なんだよ! だから」

 すでに、彼の精神状態はレッドゾーンに達していた。

「犯罪は、思想で美化する必要があるのさ」





 数日後。
 長官暗殺計画決行のときは、目前に迫っていた。
『格芸派』のリーダーは、ロケットランチャーを積載したワゴン車をDDR健康管理省に向けて走らせていた。 気持ちが嫌というほど高ぶっているのが自分でも分かる。すでに四十時間以上は眠っていない理由も、計画の準備に 追われていたせいだけではなかった。
 独自の情報網で、長官がDDR省の外に出る時刻もすでに判明している。練り上げた計画が実行に移されるときが 刻一刻と迫っていた。明日のことも分からないとは、まさにこの状態か。ただならぬ緊張感に、未だ見えぬ魔物の の存在すら感じる。リーダーは、必死の思いでそれを心から振り払おうとした。賽は投げられたのだ。今更何を 考えようとも、結果がどう転ぶのかは誰にも分からない。彼は気分を紛らわせようと、カーラジオのスイッチを入れた。







 機動隊と数百人の暴徒が、正面から激突していた。現場は『保護区域』の一角、高くそびえるコンクリートの塀 のすぐ外側である。
 『格芸派』は数百人の暴徒を扇動し、『塀の内側に落とされた人々を解放する』ことを声高に主張していた。 塀を爆破するために、ダイナマイトなど大量の爆発物も持ち込んでいる。爆破の阻止、及び暴徒の鎮圧のために 機動隊が到着したときにはすでに『保護区域』の警備隊は壊滅状態であり、それを見て取った機動隊は直ちに突撃を慣行した。 武装した『格芸派』は、ハナからそれを迎え撃つ覚悟でこの乱闘に望んでいる。かくして両者は、 睨み合う間もなく激突したのである。

「あと十分もあれば、鎮圧できるものと思われます」

 後方で見守っていた機動隊長の元に報告が寄せられた。実際、すでに警備隊との戦闘で疲弊していた『格芸派』と 装甲車まで出してきた機動隊との戦力差は圧倒的であった。もはや戦いの趨勢は誰の目にも機動隊側に傾いており、 爆発物の大半も押収されていた。このまま行けば、この騒ぎの被害は予想以上に小さい規模で抑えられそうだという 希望的観測が、隊長の脳裏をよぎった。
 しかし同時に、公安の裏をかいてまで決行されたこれだけの規模の乱闘騒ぎが、これほどまでにあっけなく終息を迎える ものなのだろうか、という疑念が膨らんでいくのを抑えることが出来なかった。

「なあ、これって陽動のような気がしないか?」

 爆発物を押収した機動隊員の一人が、何気に同僚に話しかけた。

「陽動? ……この騒ぎは何かの囮だってことか?」
「ああ。簡単に行き過ぎる」

 確かに、この隊員もこの乱闘には何か妙な違和感を感じていた。

「むう。確かに気になるな」

 言葉にした瞬間だった。隊員は、目を剥いた。たった今、会話を交わしている機動隊員が、押収した爆発物の 前で突然にライターを取り出し、火をつけたのだ!

「お前! 何をする!?」
「いや、気になるんなら教えてやろうかと思ってな」

『クレイジークレイマー』は、喜びに打ち震えてダイナマイトの導火線に火をつけた。猛烈な勢いで火花が走ったか と思うと、次の瞬間には彼らの視界は閃光に包まれた。

 こうして満足のいく最期を迎えた彼にとって、この騒ぎの背後で進行していたある事態など、どうでもよいことであった。






 いったい、誰が仕組んだ悪戯だというのだろうか。こんなことがあっていいのだろうか? カーラジオから流れる 信じ難いニュースの内容を、『格芸派』のリーダーは耳にしていた。
『保護区域』での乱闘騒ぎに警察の目を引き付け、その間に自分が単独でDDR健康管理省長官を暗殺する。
 彼の描いた暗殺計画のシナリオが、音を立てて崩壊していくのを止める術を彼の精神は持たなかった。

「臨時ニュースをお伝えします。DDR健康管理省長官が、省内の長官室で自害しました。自分の所有していた 日本刀で自害したとのことです。繰り返します、DDR健康管理省長官が、省内の長官室で自害しました。 関係者の話によると、長官は『ザッツザウェイ』を全繋ぎできなかったことを苦に、『国民に面目が立たない』と 言い残して周囲の制止を振り切り、自害したとのことです。現在の情報は、これだけのようです。 詳しい情報は、入り次第お伝えします。もう一度繰り返します、DDR健康管理省長官が……」

 後に小さなニュースで、交通死亡事故者として『格芸派』のリーダーの名前が、ひっそりと報じられた。



つづく

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