第二回へ第一回 ある店員の苦悩
私は取材のために、街の大通りに面したゲームソフト専門店を訪 れた。店のスペースはそれほど広いわけではないが、ソフトは専門 店だけあって豊富に取り揃えている。メガドライブのソフトが3本 セット980円で売り出されており、微かに哀れみを感じた。とりあえず店内を一通り見回してみたのだが、お目当てのVBの 姿はどこにも見当たらなかった。おかしい。私の記憶によると、こ の店に一週間ほど前に来たときは、VBが4980円で売り出されてい たはずなのだが。
私はこのことを店員に尋ねてみることにした。「確かこの前まで、VB置いてましたよね?」
「ああ、申し訳ありません、VBは昨日売れちゃったんですよ」
VBユーザーが増えていると話には聞いていたが、私は改めてそ のことを実感した。店員に私の目的が取材であることを明かすと、 客の少ない時間帯だったこともあってか、店員は快く協力してくれ た。
「VBを買っていかれたのは、どのような方でしたか?」
「高校生ぐらいの、男の子でしたよ。店に入って来て、しばらく店 のゲームを物色していましたね。何かこう、人目を気にしている様 子でした。そして、店内のお客さんが彼一人になったときに、おも むろに『VBをください』と言ってきたのですよ。
あまりの出来事に、一瞬パニックを起こしそうになりました。全 く予想外の出来事でしたね。だってVBですよ。」店員は、やや興奮気味の口調で話してくれた。
「私はなんというか…うろたえてしまいまして、VBを出してくる のに手間取りました。ソフトもどこに置いてあるのか知りませんで したし…初めてのことでしたから」
「そのソフトは、何だったのですか?」
「確か、『レッドアローン』ではなかったかと思います」後に、このソフトは正しくは『レッドアラーム』であることが判 明した。
「結局、レジで15分ほど待たせてしまいました。その間、入れ代わ り立ち代わり次々とお客さんが入って来ましたが、男の子は彼らの 視線を神経質なまでに気にしていました。怯えているようにさえ見 えましたね。いくらVBを買ったからって…」
店員の表情からは、少年に対する同情の色が窺えた。
「私は、なぜあのときもっと速やかにレジを打てなかったのかと思 います。私が早くしていれば、あの子もあんな思いをしなくて済ん だと思うと、無念でなりません」
いつしか店員の表情は、同情ではなく悔恨のそれへと変わってい た。
第一回 終