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第十回  ブラックボックス(後編)

無残
 私は改めてこの部屋を眺め回した。絶対的に思うのだが、とても この部屋で普通の生活が営めるとは考えられない。ここには腐敗し た生活感が漂っている。そしてそれは、開け放たれた窓から降り注 ぐ陽光でさえも、拭い去ることはできないのだ。

「どうかしましたか? 顔色が悪いようですが」
「いえ、別に…。ところで、あれはなんですか?」

 私が指差した先には、現在出回っている家庭用ゲーム機の全機種 分といっていいほどの大量のコントロールパッドが、複雑に絡み合 った配線のただ中に埋もれていた。それだけならば特に疑問はない のだが、この部屋にはどういうわけかゲーム機本体が見当たらない のだ。

「ああ。それの本体ならあれですよ」

 男が指で差した位置は、私が差した位置よりやや上向きだった。 だが、よく見るまでもなくそこにあるのはCDラジカセだけだった。

「……ラジカセですよね?」
「あれはラジカセではありません。あの中に、全てのゲーム機の機 能が収められているのです」

 ……! 私は唖然とした。想像力に、言葉が追いついていかなか った。

「と…ということは…」
「ええ、CD−ROMのゲームならそのまま入れればいいですし、 カセットの挿入口も改造に苦労しましたが、カセットデッキ部に挿 入可能です」

 世の中にはまれに、信じられないようなことを実行する人物がい るものだが、この男こそまさしくそういう人物ではないだろうか。 しかしこの後、さらに恐るべきものを見せられることになろうとは …。

「ところで、こういうものもあるのですが」

 男は、ディスプレイの隣のテレビの電源を入れた。そして男がパ ソコンを何やら操作すると、そこに…いや、それらに、驚くべき画 面が現れた。

「こ…これは……!」

 私は錯乱する頭から何か言葉を絞り出そうとしたが、その言葉も 口から発せられる前に私の脳内で意味を失うのだった。

「驚かれましたか。これがVBエミュレータです」

 そう、パソコンのディスプレイとテレビの画面、この二つを使用 したVBの立体画面が、そこに展開されたのである!

「以前は間についたてを置いていましたが、慣れるとついたて無し でも立体視できるようになります。今入っているゲームは、エミュ レータを解析して作成した、私のオリジナルゲームです、ふふ…」

 恐ろしく不気味な笑みを浮かべ、男は誇らしげにディスプレイに 見入っていた。

「ほ、ほう、どういうゲームなのですか」
「恋愛シミュレーションです」

 その言葉と同時に画面に現れたそれを見たとき、私の理性が精神 の落とし穴にずり落ちていくような錯覚を覚えた。画面に立体視で 現れた彼女は、ワイヤーフレーム(乳揺れ)だったのである。私は 意識が遠くなっていくのを感じた。

 取材を終え、その部屋から脱出したとき、なんという安堵間に包 まれたことだろうか。私は、映画館から外に出たとき以上のトリッ プ感を味わっていた。団地の公園では、子供たちが無邪気に駆け回 る、微笑ましい光景が広がっている。

 私は常人が決して立ち入ってはならない領域があるのをこの日、 知った。



第十回 終


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