第十四回へ第十三回 白昼夢のように(後編)
私は街の雑踏の中を、ある人物を探してさ迷い歩いていた。ある 人物とは無論、VBを頭に固定してプレイしながら平然と街中を歩 いていた男である。説明するまでもなく、VBのプレイ中は周囲の 状況など見えているはずが無い。私は何故、彼がそのような状態で 街中を歩くことができるのか、どうしても知りたかった。男を信号で見失って数十分。その間、私は自分の足で探しまわり ながら、辺りの通行人にもその人物に関する証言を聴き回っていた。 彼は異常なまでに目立つので、見失ったとしても再度発見すること は比較的容易であると思われた。
だが、多くの目撃証言を得たにも関らず、未だに目標を発見する ことはできない。私は焦り、歩く足も急かされるように速くなって いた。しかし、それは余計な疲労を蓄積するだけである。
何故あの人物を最初に見たときに、もっと早い反応ができなかっ たのか。私はビデオの録画予約を失敗したときのように、後悔の念 に苛まれていた。もはやあきらめの感が強くなってきたところで、私は彼の探索を 断念し、帰宅することに決めた。街中を抜けると、途端に通行人が 少なくなる。私はそんな人気のない、狭い裏通りを歩いていた。そ のときだった。
私は突如、背後から何者かに羽交い締めにされ、凄まじい勢いで 路地裏へと引きずり込まれた。私に抵抗する間も与えない、一瞬の 早業だった。「くっ…何を…!」
「答えてもらおう。何故俺を探していた?」羽交い締めにされながらも、私は何とか相手の顔を見ようと、首 を回して背後を盗み見た。だが私に見えたのは、顔ではなくVB、 いや、VBを装着した男の顔であった。
「わ…私は、ただ…取材を……」
「取材? そうか。貴様がVBユーザーを取材しているという…」男はそう言うと、わずかに腕の力を緩めた。とはいえ、それでも 私の力では男の腕力には太刀打ちできそうになかった。
「いいだろう…答えられる限りのことは答えてやろう。質問を言っ てみろ」
「な…何故、あなたはVBをつけたまま、まるで目が見えているか のように歩けるのですか?」
「遊んでいるわけではない。このVBには、人工衛星からの情報が 送信されている。尾行者を発見することはもちろん、ロックオンし た相手を逆に追跡することも可能だ」
「な…! ………だ……誰がそんなシステムを」突然、男は前以上に力を強め、私の骨さえ軋ませて質問を遮った。
「答えられん」
男は腕力と言葉とで、私を沈黙させた。私の心中で、恐怖が好奇 心を上回り、頭の中が真っ白になった。
「他に質問はないようだな」
男は私を離した。私はがくりと膝をつき、息を荒げて後ろを振り 返った。しかし、そのとき男はすでに路地裏の奥へと消え去ろうと していた。私には、それ以上何かをするような気力は残っていなか った。
あのときのことを思い出すと、今でも背筋の凍る思いがする。あ れ以来、あの男に遭遇したことはないし、目撃したという情報もな い。何より私には、あの出来事を起こったままに正確に記せた、と いう自信すらないのである。それは、まさに白昼夢を綴るような作 業だった。
第十三回 終