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第十三回  白昼夢のように(後編)

 私は街の雑踏の中を、ある人物を探してさ迷い歩いていた。ある 人物とは無論、VBを頭に固定してプレイしながら平然と街中を歩 いていた男である。説明するまでもなく、VBのプレイ中は周囲の 状況など見えているはずが無い。私は何故、彼がそのような状態で 街中を歩くことができるのか、どうしても知りたかった。

 男を信号で見失って数十分。その間、私は自分の足で探しまわり ながら、辺りの通行人にもその人物に関する証言を聴き回っていた。 彼は異常なまでに目立つので、見失ったとしても再度発見すること は比較的容易であると思われた。

 だが、多くの目撃証言を得たにも関らず、未だに目標を発見する ことはできない。私は焦り、歩く足も急かされるように速くなって いた。しかし、それは余計な疲労を蓄積するだけである。
 何故あの人物を最初に見たときに、もっと早い反応ができなかっ たのか。私はビデオの録画予約を失敗したときのように、後悔の念 に苛まれていた。

 もはやあきらめの感が強くなってきたところで、私は彼の探索を 断念し、帰宅することに決めた。街中を抜けると、途端に通行人が 少なくなる。私はそんな人気のない、狭い裏通りを歩いていた。そ のときだった。

羽交い締め

 私は突如、背後から何者かに羽交い締めにされ、凄まじい勢いで 路地裏へと引きずり込まれた。私に抵抗する間も与えない、一瞬の 早業だった。

「くっ…何を…!」
「答えてもらおう。何故俺を探していた?」

 羽交い締めにされながらも、私は何とか相手の顔を見ようと、首 を回して背後を盗み見た。だが私に見えたのは、顔ではなくVB、 いや、VBを装着した男の顔であった。

「わ…私は、ただ…取材を……」
「取材? そうか。貴様がVBユーザーを取材しているという…」

 男はそう言うと、わずかに腕の力を緩めた。とはいえ、それでも 私の力では男の腕力には太刀打ちできそうになかった。

「いいだろう…答えられる限りのことは答えてやろう。質問を言っ てみろ」
「な…何故、あなたはVBをつけたまま、まるで目が見えているか のように歩けるのですか?」
「遊んでいるわけではない。このVBには、人工衛星からの情報が 送信されている。尾行者を発見することはもちろん、ロックオンし た相手を逆に追跡することも可能だ」
「な…! ………だ……誰がそんなシステムを」

 突然、男は前以上に力を強め、私の骨さえ軋ませて質問を遮った。

「答えられん」

 男は腕力と言葉とで、私を沈黙させた。私の心中で、恐怖が好奇 心を上回り、頭の中が真っ白になった。

「他に質問はないようだな」

 男は私を離した。私はがくりと膝をつき、息を荒げて後ろを振り 返った。しかし、そのとき男はすでに路地裏の奥へと消え去ろうと していた。私には、それ以上何かをするような気力は残っていなか った。

 あのときのことを思い出すと、今でも背筋の凍る思いがする。あ れ以来、あの男に遭遇したことはないし、目撃したという情報もな い。何より私には、あの出来事を起こったままに正確に記せた、と いう自信すらないのである。それは、まさに白昼夢を綴るような作 業だった。



第十三回 終


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