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第十四回 テープは何を語ったか

 今回は、私が入手した恐るべき内容のカセットテープを紹介しよ う。私が最初にこのテープを聴いたとき、戦慄のあまり体の震えが 止まらなかったのを覚えている。これは、ある家庭内における潜在 的な問題をVBが引き金となって引き起こした悲劇を、生々しく再 現した衝撃の音声である。

 テープは、息子が無邪気な声で父親を呼ぶところから始まってい る。

息子『お父さーん、見て見てー』
父親『おお、どうした』
息子『すごいでしょ、算数のテスト』

 紙を掴んだような乾いた音。しばし沈黙。

父親『……94点…?』
息子『………』
父親『なんだ、この点数は!? 何を勉強しているのだ! 常日頃 から言っているだろう! 日本の不毛な学歴社会に屈するよう な人間になってはいかんと! こんなものは、30点も取って いれば十分だ!』

 怒鳴りながら、紙を破る音。続いて、鈍い衝撃音。
 ややあって、息子の泣き声。さらに衝撃音。

母親『あなた、やめて! 今日はこの子の誕生日じゃないの!』
父親『だまれ! …ええい、もういい! だが、もう二度と家で勉 強などしてはいかんぞ! 予習、復習などもってのほかだ!』

 重い足音が遠ざかっていく。

母親『まったく、しょうがないわね、お父さんは…。さあ、誕生日 のプレゼントよ』

 息子がすすり泣きしている。紙、おそらくは包装紙を破る音。
 その後、かなり長い沈黙。

母親『どうしたの?』

 息子、大音量で泣き叫ぶ。大きな足音が近づいてくる。

父親『どうした!? …こ…これは……』

 絞り出すように言葉を紡ぐ父親。

父親『お前…。いくらなんでも、人の親としてやっていいことと悪 いことが…』
母親『…そ…そこまで言わなくても……』
父親『いくらなんでも、VBなんて話があるか…?』

 母親、息子に合わせるようにすすり泣く。

母親『…だって……これで、980円だったのよ…』

 泣き崩れる母親。しばらく、母親と息子のすすり泣きが続く。
 やがて、大きいが力無い足音が去っていく。
 唐突に、何かの落下音。

 テープは、ここで終わっている。もはや私のコメントなど挟む余 地もないだろう。

 最後に余談だが、このテープを提供してくれたのはこのテープの 登場人物でもある、少年(息子)である。



第十四回 終


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