第十七回へ第十六回 大いなる代償(後編)
ウェイトレスは、まるで汚らわしい害虫でも見つけたかのよう な眼差しで、VB本体を見下ろしていた。その表情からは、あか らさまな嫌悪感が感じられる。
しかしこのとき、このVBユーザーは私が介入する余地もない ほどの素早い反応で反論した。「何故VBを出してはならないのかね」
「それは…他のお客様のご迷惑に」
「くっ、何を馬鹿なことを! いったいどこの誰が迷惑を被った というのかね。騒音を出すわけでもないというのに! 何か他の 客の迷惑になるという根拠でもあるのかね? 納得のいく説明を してくれたまえ!」彼は怒りをあらわにし、私と話していたときとは別人のような 荒々しい口調でまくし立てた。
ウェイトレスは圧倒され、この男に声をかけるべきではなかっ たことを、直ちに悟ったようだった。「も、申し訳ありませんでした。どうぞお続けになってください」
彼女は我々に背を向けながらそう言うと、足早にこの場を立ち 去ろうとした。だが、著しく気分を害されたこのVBユーザーが、 彼女をそう簡単に許すとは私には思えなかった。
不幸にも、私の予感は的中した。「待ちたまえ」
凍てつくような男の声が、彼女の足を凍りつかせた。彼女はぎ こちなく振り返ると、おそるおそる男に尋ねた。
「ま…まだ何か?」
「私は、VBをこよなく愛している。いずれは、海外のVBソフ トをも全て手中に収めようと考えているんだ。これは崇高な趣味 なんだよ。わかるかね? 私は君に侮辱されたんだよ。君は、自 分を侮辱した相手を、あんないい加減な謝り方で許すことができ るのかね」彼の強い口調は第三者である私をも戦慄させた。ましてや、当 事者である彼女の心中を察する余裕など、未熟なる私に持ちうる はずはなかった。
彼女は助けを請うような眼差しを店の奥に控える店長に向けた。 しかし、店長は彼女に背を向け、汚れてもいないカップを磨きな がら静かに佇むのみだった。それは、残酷だが賢明な判断だった。「何を黙っているのかね」
男は情け容赦なく追い討ちをかける。彼女は涙目になって顔を 伏せた。
ああ…! いったい誰にこのような場所でこんなことが起きる と想像できただろうか?
ついに彼女は、膝を屈し、手を床に置き、頭をそれに擦りつけ なくては許しを乞えないところまで、追い込まれてしまったのだ。「申し訳ありませんでした…!」
ウェイトレスの悲痛な懺悔が、私の胸に刺さった。私の心はい われなき罪悪感に苛まれ、彼女を正視することに耐えられなかっ た。しかし、間を置かずに聞こえた男の声は冷酷だった。
「うむ。今後は気をつけたまえ」
男はさも当然のように、鷹揚にうなずいた。
私はこの後、何もできなかった自分を責めたが、だからといっ て何かがどうなるものではない。もう全ては終わったのだ。残酷 だが、第三者として難を逃れただけでも幸いだったと言えるのか もしれない。そして、今後私にできる償いはただ一つ、VBユー ザーの取材は部外者の介入がない場所で行わなければならない、 と反省することだけだ。
この日を境に、私はこの喫茶店には顔を出すことができずにい るが、その後彼女がここで働いているところを目撃したという情 報は、ない。
第十六回 終