第十八回へ第十七回 レッド・セミナー#1 発端
私のようにVBユーザーの取材を続けていると、いつしか玩具屋 やゲーム専門店などに入ったときに、無意識のうちにVBを探して しまうようになる。
見知らぬゲーム売り場などを見掛けると、思わず意味もなく期待 に胸を膨らませて急ぎ足になり、私の目線はまだ見ぬVBを追い求 めてあてどもなくさ迷うのだった。
しかし大抵の場合、その行為は無駄に終わってしまうのだが。今やほとんどの店からVBは姿を消してしまい、わずかに店頭に 置かれている店においてもその扱いたるや、あたかも『ご自由にお 取りください』と言わんばかりに、杜撰な値段がつけられている。
これが、かつてはゴールデンタイムにTVCMまで流していた32 ビットゲーム機の成れの果てだった。もっともVBは、発売当初か ら最低に近い売り上げではあったのだが。今日私が訪れた店は、今なおVBが売れ残っている珍しい店であ る。ここにきてVBユーザーが急増しているため、VBの入手は日 一日と困難になりつつあった。それは鉄道における、廃線寸前のロ ーカル線の賑わいを思わせた。
さてこの店のVBの値段だが、4980円である。はっきり言って高 い。高過ぎると言っていい。私はかつて、本体が580円で売られてい る店を見たことがある。だがそれほど極端な例をあげなくとも、こ の店のVBは高過ぎた。私はこの店の経営方針をも疑い始めていた。店頭でVBの箱を眺めながらそんなことを考えていると、不意に 私の視線を遮るものが現れた。それは小学校高学年ほどの少年だっ た。
その少年はVBの箱を見上げると、何かを考え込んでいるような 様子でじっとたたずんでいた。少年が振り返ってレジを覗き見ると、 ちょうどレジでは店員と、店の常連らしき客の雑談が始まったとこ ろだった。少年はそれを見て取ると、ためらいがちにVBの側を離 れて、他のゲーム機の方に興味のある素振りを見せるのだった。少年がVBを買おうとしているのは明らかだった。私はその少年 の動向を不安げに見守っていた。心中穏やかでなかった。カセット テープに録音された家族の悲劇は、まだ記憶に新しい。ちょうどそ のテープを提供してくれた少年が、この少年と同じぐらいの年頃で あることが、私の不安を増大させた。
どのぐらいの時間が過ぎただろうか。ついに常連客が雑談を終え て、店から出ていった。運命の時が来た。少年はVBを手にかけた。 私は心の中で絶叫していた。
『やめるんだ! VBを買ってしまうと…いや…何も言うまい。し かし、もっと安い店があるじゃないか!』
私の心の叫びに気付いたのか、少年は私の顔を盗み見た。しばし の間、私と少年は対峙していた。
私がゆっくりと首を横に振ると、少年はVBから手を離して店か ら出ていった。あくまでも私の主観ではあるが、その時の少年の表 情からは清々しいものが感じられた。私は安堵のため息をついた。だがこの時、私は突き刺さるような悪意ある視線を感じていた。 不覚にも、私はこの視線の主である人物を思い出すことが出来なか った。そして、これが後に起こる忌まわしい事件の発端になると予 想することも…。
第十七回 終