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第十八回  レッド・セミナー#2 接触

 私は常々、公園のベンチに独りで座っているときほど時の経つの が遅く感じられることはないと思っている。
 この日、私はある人物と待ち合わせをしていた。約束の時間から、 すでに30分が何事もないまま経過している。そして同じ何事もない 30分でも、例えば自室でぼんやりとくつろいでいるときの30分とは わけが違うのだ。
 私は沸き上がるストレスを腹の底に押し込みながら、ひたすら待 ち続けた。だが、時が経つごとにそのストレスは形を変え、押さえ 込むことのできない不安となって脳裏まで浮かび上がってくるのだ った。

 昨日、あるシンパから奇妙な情報がもたらされた。

「君か。何か新しい情報でも?」

 私の問いに、彼はやや大きめの紙袋を差し出した。

「実はこれなんですが」

 私には中身を確認するまでもなく、それがたった今購入してきた ばかりのVB本体だと分かっていた。

「なんということだ…君は、VBを買ってしまったのか」
「…そんな言い方をされると悲しくなってくるんですが…」

 彼は言葉通りの表情を浮かべて頭を垂れた。

「だがしかし、君は『VBなんて絶対買わない』と公言していたは ずだが」
「……これを見ていただけませんか」

 彼はまるで名刺でも渡すかのように丁重に、小さな紙切れを差し 出した。どうやらレシートのようである。

「こ…これは……」

 私は目を疑った。


 バーチャルボーイ \30


「君……この店まで案内してくれないか」

 思わず、私は彼の肩を鷲掴みにしていた。その手が早くも汗で漲 っているのが、自分でも解った。

「ざ、残念ですが、あそこはもう閉店の時間なんですよ」
「何だと!」

 私の手は彼の肩を離れ、その喉元に襲いかかった。

「ちょっ……まって、くださ…」

 私はハッと我に返り、彼から手を離した。
 彼は喉を押さえ、苦しげに息を切らしていた。

「す、すまん! 大丈夫か!?」
「ま、まったく……とにかく今日はもう閉まってますから、明日待 ち合わせをしましょう」

 そして今、私は公園のベンチで独りたたずんでいる。やはり場所 を聞き出して、一人で行くべきだったと悔やまれる。

 自販機で買ったアロエドリンクを飲みながらそんなことを考えて いたときのことだった。突如として公園に踏み入って来た一人の男 が、明らかに私を目指して歩いてくるではないか。彼は私の前に立 ちはだかると、威圧的な態度で唸るように言葉を発した。

「VBユーザーの取材をされている方ですね」

 もちろん、見知らぬ男だった。



第十八回 終


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