第二十回へ第十九回 レッド・セミナー#3 強迫
公園を風が吹きぬけた。瞬間、ベンチの傍らに置いていた残り少 ないアロエドリンクの缶が吹き飛び、甲高い音を立てて落下し、中 身を撒き散らしながら地面を転がっていく。
普通なら、それに対して何らかのささやかなリアクションでも起 こすところだが、目の前に立ちふさがる男の敵意がそれを許さなか った。「…君はいったい誰だ?」
「私のことなど、どうでもよろしい。それより、今回の件からは手 を引いていただきたいのですが」とりあえず男は敬語を使用しているようだが、実際に声を聞いて いる私には明らかな脅し、強迫としか思えなかった。憎悪すら感じ られる、凄まじい敵意だった。
このとき私の脳裏に何かがよぎったが、それが何だったのかは今 は詮索しなかった。「何のことだ?」
「無論、破格の値段でVBを売りさばいた店への取材です。さらに、 購入したシンパに対してのこの件に関する質問…。できれば、今後 彼と接触することも控えていただきたい」あくまでも男の物言いは要求ではなく、強迫であった。
「……待て…シンパに何かしたのか」
「質問は控えていただきたい。用件は伝えました。では」男は踵を返した。敵意を残した背中が遠ざかっていく。唐突に、 足元に転がっていたアロエドリンクの缶を踏み潰し、男は去った。
このとき私は男に何も追求しなかった。あの態度では何を言った ところで聞き入れはしないだろう。今は冷静に対処方法を考えるべ きだと、自分に言い聞かせた。
数日後、私はシンパに再会した。私は不安を感じていた。彼の顔 はやつれ細り、覇気がまったく失われていた。
このとき我々はほとんど会話らしい会話をしなかった。無論、私 が問題の話題を極力避けたからである。
『連中』の強迫に従った? そうかもしれない。だが行動は同じ でも目的は違うところにある。
私が今回シンパに会ったのは、彼から情報を聞き出すためではな く『連中』のやり方を確認するためである。私は知っていた。以前、私に悪意の視線を突き刺した男に会って いた。それはもちろん公園で会った男のことではない。彼と繋がっ ている男、忌まわしき同好会の会長に。
第十九回 終