タイトルへ

自作小説集へ

ボイラー室へ

第十九回  レッド・セミナー#3 強迫

 公園を風が吹きぬけた。瞬間、ベンチの傍らに置いていた残り少 ないアロエドリンクの缶が吹き飛び、甲高い音を立てて落下し、中 身を撒き散らしながら地面を転がっていく。
 普通なら、それに対して何らかのささやかなリアクションでも起 こすところだが、目の前に立ちふさがる男の敵意がそれを許さなか った。

「…君はいったい誰だ?」
「私のことなど、どうでもよろしい。それより、今回の件からは手 を引いていただきたいのですが」

 とりあえず男は敬語を使用しているようだが、実際に声を聞いて いる私には明らかな脅し、強迫としか思えなかった。憎悪すら感じ られる、凄まじい敵意だった。
 このとき私の脳裏に何かがよぎったが、それが何だったのかは今 は詮索しなかった。

「何のことだ?」
「無論、破格の値段でVBを売りさばいた店への取材です。さらに、 購入したシンパに対してのこの件に関する質問…。できれば、今後 彼と接触することも控えていただきたい」

 あくまでも男の物言いは要求ではなく、強迫であった。

「……待て…シンパに何かしたのか」
「質問は控えていただきたい。用件は伝えました。では」

 男は踵を返した。敵意を残した背中が遠ざかっていく。唐突に、 足元に転がっていたアロエドリンクの缶を踏み潰し、男は去った。

 このとき私は男に何も追求しなかった。あの態度では何を言った ところで聞き入れはしないだろう。今は冷静に対処方法を考えるべ きだと、自分に言い聞かせた。

 数日後、私はシンパに再会した。私は不安を感じていた。彼の顔 はやつれ細り、覇気がまったく失われていた。
 このとき我々はほとんど会話らしい会話をしなかった。無論、私 が問題の話題を極力避けたからである。
 『連中』の強迫に従った? そうかもしれない。だが行動は同じ でも目的は違うところにある。
 私が今回シンパに会ったのは、彼から情報を聞き出すためではな く『連中』のやり方を確認するためである。

 私は知っていた。以前、私に悪意の視線を突き刺した男に会って いた。それはもちろん公園で会った男のことではない。彼と繋がっ ている男、忌まわしき同好会の会長に。



第十九回 終


第二十回へ

タイトルへ

自作小説集へ

ボイラー室へ