第二十四回へ第二十三回 レッド・セミナー#7 苦痛
よもや、VBがこれほどまでに精神に苦痛を及ぼすものだとは、 私は想像したことがなかった。強制的な長時間のプレイによって、 脳内に刻み込まれたゲーム画面は、焼き刻まれた刻印と化して頭痛 を引き起こす。
私は疲れていた。もはや身も心も疲れ果てていた。ようやく、と いう感覚で眠気に見舞われ、私は待ち焦がれたように睡魔に身を委 ねた。例え一時的にでも、この苦痛から開放されるのはありがたい ことだった。意識が薄らいでいくのが自分でもわかった。私が見たものは、悪夢だった。恐るべき事に、そこにはテレロボ クサーの攻略法を必死になって考えている私がいたのだ。視界には 相変わらずVBの画面しか存在せず、あまりのおぞましさに私は悲 鳴をあげた。
目を開けると、夢よりも鮮明なVBの画面が飛び込んで来た。そ れは受け入れがたい状況だった。こんなものが今私の前にある全て なのか。
昨日までの味気ない日常がたまらなくいとおしく感じられ、目に 涙が溢れて来た。
よく『今の若者はゲームと現実の区別がついていない』と言う人 がいるが、今の私にはゲームだけが現実なのだ。「うう…」
私は自分が腑甲斐なくなり、泣いた。だがその涙はVBのアイシ ェードに遮られ、頬を流れることはなかった。VBは、涙を流すこ とさえ許さないのだろうか。
どうやら時は流れ、日付も変わったらしい。今は朝なのだろうか。 再び人の声や足音が聞こえてきた。急に現実感がよみがえってきて、 私は多少気力を回復できたような気がした。
唐突に足音が迫ってきた。その足音の主が誰なのか、私にはすぐ にわかった。「貴様…こんなことをしてただですむと思っているのか。これは拉 致監禁、犯罪行為だぞ!」
だが、私の訴えに足音の主は嘲笑を返しただけだった。不意に、 私の口内にストローがねじ込まれた。
「飲みたまえ」
どうやら豆乳(ラックミー:60円)であるらしい。私はかつて ない屈辱を味わっていた。
第二十三回 終