第四回へ第三回 異形との遭遇
その人物と遭遇したのは、降りしきる雨の中を運行する市内バス に乗っていたときのことであった。私と同じバス停から乗り込んだ その人物は、背中にリュックを背負ったやや痩せぎみの青年である。 この何の変哲もない人物像を持つ男が、この後驚くべき行動に出る ことになろうとは、私には想像することさえ不可能だった。私が乗ったバスの座席は既に埋まっており、私を含めた何人かの 乗客は立ち乗りを余儀なくされた。その中にはもちろん前述の青年 も含まれている。
バス停を7つほど通過したところで、席が一つ空いた。私は次の バス停で降りる事にしていたので、その席には座らなかった。代わ りに席に着いたのは例の青年である。その青年は背中からリュック を降ろして席に着くと、おもむろにそのリュックから奇怪な物体を 取り出したのだった。私には最初それが何であるのか認識できなかった。それは市内バ スの中というありふれた日常の光景の中に、突如として出現した異 形の物体だった。そう、その青年が取り出した物体は紛れもなくあ のVBそのものだったのである。
気がつくと、私が降りる予定だったバス停などとうの昔に通過し てしまっていた。だが、私は吊り革を握り締めたままこの場から動 くことなどできなかった。私が茫然自失としている間、その青年は 乗客の好奇の視線に晒されながらもVBの世界に没入しているよう に見えた。
次のバス停に停車する旨を伝えるアナウンスが流れると、青年は VBから顔を離しリュックの中にVBをしまい込んだ。やがてバス が停車すると、青年はリュックを背負い直してバスを降りていった。 このとき私はようやく我に帰ってあわてふためき、その青年を追う ようにしてバスを降りたのだった。
雨はバスに乗り込む前より、強さを増していた。青年は傘を持ち 合わせていないらしく、屋根付きのバス停から離れることをためら っていた。私は唾を飲み込み、思い切ってその見知らぬ青年に質問 をぶつけた。
「あなたは…あなたは何故そこまでして、VBをプレイするのです か?」
青年は一瞬怪訝そうな表情を浮かべたがすぐに真顔に立ち返り、 言葉を発した。
「…その質問に答える前に、こちらからもお聞きしたい。あなたは どれだけVBをプレイしたことがあるというのですか?」
「は…い、1、2時間ぐらいですが」うろたえた私の言葉に、青年は私を嘲るような笑みを浮かべた。
「ならば、答える必要はありません」
青年は踵を返し、私に背を向けながら言い放った。
「私に問う前に…少しでもVBをプレイしてください」
青年はそう言って、独り雨の中を歩いていった。私は返す言葉を 持たず、それ以上追うこともできなかった。
第三回 終