第五回へ第四回 敗北の追想(前編)
まれに人は、端から見ていればなんということのない出来事であ っても、そのことで途方もなく惨めな思いをすることがある。周り から眺めている人々にとっては、何故彼がその程度のことでそのよ うな感情を抱くのか理解できず、嘲笑さえ洩らすこともあるだろう。 だが、彼にだってそれが些細な出来事だということはわかっている はずだ。それでもなお、自分が惨めだと思えてならない。そう、問 題は出来事そのものの価値ではなく、そのことにどれだけ心を懸け ていたのか、ということなのだ。「VBを売っている店を知りませんか?」
ある日突然に、知人は私に聴いてきたのだった。瞬間、私の頭の 中で驚愕、疑念といった様々な思いが錯綜し、それらが私の正常な 思考を飲み込もうと渦を巻いたのだった。
「…なんだって?」
私は混乱する頭脳から、懸命に言葉を検索した。
「もう一度言ってくれないか」
「だから、VBを売っている店を探しているのですが」私は思わずうなだれて、こめかみを押さえた。私の知る限り、彼 は熟練の主婦のように賢い買い物をする男であり、VBを買うなど とはこれまでのパターンからは考えられない。明らかに常軌を逸し ていた。
「何故だ? 何故君のような男が! VBを買わなくてはならない というのだ!?」
私の問いに、彼は少し考えた後、答えた。
「買わないで後悔するより、買って後悔したほうがいいですから」
結局私は彼を、VBを売っている店に案内することになった。私 は切腹の介錯人を任される思いだった。私は彼を、ゲーマーの道か ら突き落とそうとしているのだろうか。
ついに問題の店に、我々は辿り着いてしまった。もはや私に彼を 止める権利などあろうはずはない。私は覚悟を決め、彼を店内に送 り出すつもりだった。
そのときである。我々が踏み込むよりも先に店の自動ドアが開き、 簡易包装紙に包まれた黒い大きな箱を持った男が現れたのだ! 我 々の視線は、男が持っている黒い箱に釘付けになった。
「あれはまさか…!」
「間違いない! VB! あれはVBだ!」
「この店にはまだVBは売ってるんですか!?」
「現品限りのはずだ! もう売っているとは思えん!」私が答えると彼は私に制止する暇も与えずに、『箱を持った男』 に駆け寄っていった。開口一番、
「そのVBを俺に売ってくれませんか」
「…なんだと?」
第四回 終