第八回 ブラックボックス(前編)
その日は、素晴らしい快晴だった。私が取材に訪れた集合団地で は、それぞれの家庭のベランダで洗濯物が風にそよいでいた。
だが、よもやこのような平穏な光景の中の、壁一枚向こう側には 排水溝の汚水のように澱んだ空間が存在するなどと、誰に想像でき るだろうか? 私は今回の取材で、日常と異常の境界線を垣間見る こととなった。それは未知のブラックボックスと化した冷蔵庫の奥 地のような、凄まじいものだった。今回取材することになったのは、VBのヘビーユーザーと噂され ている人物である。その人物は発売日にVB本体と、同時発売のソ フト5本全てを購入し、以後も全てのソフトを発売日に購入してい るという。当然、玩具屋の店員がそのような客のことを忘れるはず がなかったので、容易にその人物に関する情報を入手することがで きた。
そして、私はその人物の住んでいる一室の、ドアの前に立ってい た。無論アポは取ってある。私はインターホンのスイッチを押した。
「ごめんください。VBユーザーの取材に来た者ですが」
そのときだった。
『ようこそお越しくださいました。どうぞお入りください』
私は驚愕した。このような事態は想像していなかった。なんと、 インターホンから聞こえた声は、女性のものだったのである。その 一瞬私は、私がVBユーザーに対して抱いていたイメージが轟音を あげて崩壊していくのを感じた。
だが、私は酷く混乱したもののすぐさま自分を取り戻した。そう だ。これは市販の声優のメッセージ集か何かに入っている声だろう。 そしてわかったことがもう一つ。今回取材する人物の、人物像であ る。
私はおもむろに、目の前のドアを開け放った。まず目に飛び込ん できたのは、コンビニ弁当のゴミ、雑誌類、新聞紙、ティッシュペ ーパー、ペットボトル、フロッピーディスク、みかんの皮などが渾 然一体となって形成する、砦のような廃棄物の塊だった。
この廃棄物の山の勾配は部屋の奥にいくほど高くなっており、こ の部屋はどういう構造になっているのか、その頂にはパソコン、テ レビ、その他AV機器が立ち並んでいる。そして、その中に一人の 男が鎮座していた。
窓からの逆光が、その肥え太ったシルエットだけを映している。 男は振り返り、右手の中指で眼鏡を押し上げながら言い放った。「ようこそ」
男の眼鏡が、青白い光を放っていた。