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第九回  ブラックボックス(中編)

「どうぞ。上がって来てください」

 男は、事も無げに私を促した。だが、私と男の間の地面はおぞま しい量の廃棄物の山、いや、斜面で隔てられているのである。常人 の神経ならば、このような状況下で『上がって来てください』など とは言えないであろう。
 私は男のいる場所に向かって一歩を踏み出すのをためらっていた が、男はそんな私に構わずにパソコンのディスプレイに向き直って しまった。
 ここで引き下がるわけにはいかない。斜面を観察すると、なんと か雑誌類が足場になりそうである。私は雑誌類を踏み台にして、廃 棄物の城壁を登っていった。

「いけません!」

 唐突に、男が声を張り上げた。ちょうど、私がコンプティーク2 月号に足をかけようとしたときだった。

「コンプティークを踏むと、落盤してしまいます。そちらのタウン ページを踏み越えた後、コミックガム創刊号へと続けてください。 隣に第2号がありますが、それを踏むと地崩れを起こしますので間 違えないように」

 私は彼の支持に従い、慎重に歩を進めた。ようやく男のいる場所 に辿りついたとき、私の足は緊張と恐怖で棒のように固くなってい た。男は、そんな私を見下すかのような冷ややかな目線を私に向け た。その態度は、まるで玉座に座した王のようであった。

「………あの……この部屋はいったい……?」

 うめくように呟いた私の言葉に、男はやや間を置いて答えた。

「VBの取材、だと聞きましたが」

 男の言葉には有無を言わさぬ迫力があった。私はその迫力に押さ れ、誘導されるように取材を開始した。

「そ、そうですね、VBはどこにあるのですか?」

 男はディスプレイに目を向けたまま、すっと部屋の一点を指差し た。そこには、あたかもゴミ処理場のショベルカーを思わせるよう に、電気スタンドが廃棄物の中から突き立っていた。

「あのスタンドが、何か…?」
「先端をよく見てください」

 私は近寄って見ようと思ったが、そのためにはこの廃棄物の斜面 を下らなくてはならない。それは極めてリスクの大きい行動だった。 私は思いとどまって目を凝らす。よく見ると、電気スタンドの電灯 部が異様に肥大しているような気がした。

「まさか、あれが…」
「ええ、VBは仰向けになって顔に乗せてやると快適にプレイでき るのですが、それでは終わったときに顔にVBの跡がついてしまっ てマヌケですからね。あれで位置を調整してプレイすると一層快適 です」

 そう、あの電気スタンドの電灯部は、無残にもVBに改造されて しまっていたのだった。そして私は、この男の口から『快適』など という言葉が出てきたことに、驚きを隠すことができなかった。



第九回 終


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